わたしたちが孤児だったころ カズオ・イシグロ著
2019年 03月 15日
「演奏者があからさまにやる気のないジャズ」を聴いたことがある。
上海の外灘(ガイタン)にある旧租界にあるクラブでのことだ。
エキゾチックな建物の中の薄暗い部屋は観光客でいっぱいで、やっと席をとれたが、
30分もしないうちに、その音楽にいたたまれずに出てきてしまった。
いや、もしかしたら物語でしかしらない戦前の中国社会の闇を感傷的に感じたせいかもしれなかった。
カズオ・イシグロの小説「わたしたちが孤児だった頃」の舞台はロンドンであり、もう一つの重要な舞台はこの上海の租界であった。(表紙写真)
ロンドンに住む主人公クリストファー・バンクスは租界に住んでいた頃、イギリス人の両親が失踪して孤児となる。
父親はインドから中国へ阿片を輸入する商社で働いていた。母は阿片撲滅運動に参加していたのだ。
1923年ケンブリッチ大学を卒業したバンクスは探偵になり、やがてそれなりの名声を得る。
1937年、世界は破滅的方向にむかってすすんでいる。
バンクスはロンドンからキナくさい上海に渡り、両親を探す。
その結果、バンクスが得たもの、失ったものはなんだったのだろう。
租界で子供だった頃にまわりにいた人々
アキラという隣に住んでいた友達
ふたりが憧れていたクン警部
バンクスを可愛がってくれたフィリップおじさん
ロンドンの社交界で会った魅力的な女性サラ
その後サラの夫となったサー・セシル
バンクスが引き取った孤児の少女ジェニファー
育ててくれたおばの遺産hは?
読み終えた後、戦争を前後してこれらの登場人物の生きてきた道を無意識にたどっていた。
カズオ・イシグロの作品でいえば「日の名残り」も好きだが、この作品はそれにもましてずっしりと心に残り、心躍る小説であった。