天地玄黄
2009年 04月 11日
中学に入るといきなり書道の授業が始まりました。
内部進学の私たちは初めて経験
漢数字の「一」がいつまでも書けませんでした。
外部から入学した級友はおちゃのこさいさい。
久しぶりにゆったりとした日
部屋の整理をしているとこんなものが出てきました。
天地玄黄
その中学の書道の授業のお手本です。直筆です。頁をめくるとかなも書かれています。
当時全員に配られ、あわせて氏名のお手本も一人づつ書いてくださいました。
この歳になるといろいろな字を見てきているので、思わずなんて気持ちの良いバランスのとれた字なのだろうと見入ってしまいました。そりゃ、お手本なのだからあたりまえといえばあたりまえ。
たった1年間、1週に1度の授業でしたが、中島先生という体の大きな先生のおおらかな優しさが印象に残っています。
蛇腹になっているお手本の表紙は
なにやら
「邑水書」とかかれています。
そこでなにげなくネットを調べてみると「中島邑水先生 生誕100年展」などの2007年の記事がでています。
なんと、前衛の有名な書道家であったことを、今更ながら知りました。
お手本とっておいてよかった!
前衛作家はやっぱりきちんとした楷書が書けるのだ!
箒みたいな筆で書いていてる人、ごまかしているのではなかった!
だから、ピカソだってクレーだってデッサンはしっかり描けるわけ。
つまり基礎なくして前衛芸術はない、なんでも基礎が大切・・・・
ああ、この歳していまさらこんなことに感激している私。
先生は偉かったのですが、今も悪筆、
とはいえ、先生のオーラだけはいただきました。
20数年前に父が中国で買ってきてくれた端渓硯もあるので、
そろそろ写経でもやってみたい心境です。
いつか、気持ち静かに字をかけますように。
書道は何年もやっていましたが悪筆ですよ。ははは。
でも、お寺の中(教室はお寺で先生はお坊さんでした)で、正座して静かに墨をって半紙に向かい合った時間に学んだものは書道だけではなかったなと思います。
それにしても、すごい先生に教わっていたのですね!
円覚寺では座禅会、長谷寺では写経会があるそうです。 一度ご一緒しましょうか? 私は行く前に 一時間ずっと正坐の練習が必要ですが。(^ ^;)
あの辺りには、よくそういうことがありそうですね。私の大学のゼミの先生も、そのジャンルでは相当権威のある方だったようですから。ああ、もっと真面目に勉強すればよかった、とshinn-lilyさんと近い心境です。
ところで、近々韓国に行くのですか?
いいな、書道を勉強なさっていたのですね。しかも、寺小屋?
字は人柄が出るので、上手に書きたいとは思わないのですが、気持ちの良い字を書きたいと思っています。
それなのに、私は悪筆、おまけにパソコンもみかたして、漢字もどんどん書けなくなりました。
筆をもって半紙にむかう、この時間は心の栄養剤のようですね。
この硯、彫りがあらいので、それほどよいものではないと思いますが、父におねだりして買ってもらったので、思い出の品です。
いつか使いたいと思っています。
お花も、書も共通するとことがありますね。
空間の美しさでしょうか、クリエィティブという意味でも、きっと続けていらしたら今ごろ有名書道家?
座禅は私は座れそうもないのであきらめますが、長谷寺の写経はひかれますね。
仕事を減らしたら、ぜひやりたいですね。まだ先になりそうですが、その折はめんどうをみてください!
その贅沢な先生に(本当にびっくりですが)一の書き方を教わっていたのですから、なさけないというか、もったいないというか。
書道はうまくなればなるほど、道具、表装などにとてもお金のかかるのですから、こうして教えていただく機会があったのでしょう。
当時250人近い同学年の人から書家になったという人の話は聞きません。先生がよくてもダメでした。
エアフラのマイレージの期限がきて催促がはいりました。とはいえ、中国か韓国しかいけないので、ひさびさ韓国に行くことにしました。
連休利用の4泊です。明日香に似た慶州にぜひ行ってみたいと思ったところ、幸いにも皆様のサイトから情報をたくさんいただいているところです。
左利きの私は矯正のために幼稚園から始めました。
結果…書道だけは右手、そのほか鉛筆などは左利きのまま
今となっております(笑)
両親は塾には通わせてくれませんでしたが
書道や、エレクトーン、絵など
こういった習い事に通わせてもらい今となっては
感謝しています。
書道は高校の時にやめましたが
今でも、一年に一度は書き初めくらいはします。
shinn-lilyさんと同じく
祖父に買ってもらった、対馬名産の若田硯という大きな硯を
今でも大事に使っていますよ。
墨を磨るのって清々しい気持ちになれます。
そんなすばらしいお師匠様におしえていただいたなんて
貴重ですね~
よい師に出会える場に身をおかれていたことが
なにより幸せなことだと、その時は若すぎて気づかなくても
後々思うことってありますね。
薬師寺でお写経を経験しましたが、
あそこは、椅子に座ってできます。
膝の悪い方でもお写経を出来るという
お寺の配慮です。
心をこめて書写すること
なんとむずかしいことか。。
思い知らされる貴重な体験でした。
パソコンでメールを送ったりしますが、手紙も好きで書きます。
暫く前に習い始めましたが、身辺が慌しくなり中断してしまいました。
私が教わった先生は60歳過ぎてから書道を始めたと仰っていました。
何事も始めるのに「遅い」事はないようです。
幼稚園から高校まで書道をおやりになっていたのなら、名人ですね。
うらやましいです。
最近では、これをやると何の仕事が出来る?という若い人が多いですが(実際、そういう厳しい世の中ですから)、音楽や、芸術に小さい時から触れることができるのと出来ないのでは、その先の人生の豊かさが違ってきますね。
私もピアノと絵、バレーをやりました。今ではなかなか手がつかないのですが、音楽を聴くこと、絵やバレーを見ることは大好きです。
親に感謝です。
薬師寺での写経の姿を思い浮かべています。
書を書く姿って、背筋がきりっとしていますよね。
またお年をを召した方が丸くなって慈しむように書かれる姿も好きです。
韓国にもハングルの書道があるようですが、
なんといっても漢字で暮す私たち、大切にしたい文化だと思います。
実は私も奈良が好きです。今回の旅のきっかけも明日香のルーツをたどりたい、明日香を作り上げた韓国の方々の思いをたどりたいというところからはじまっています。
irihinidefuneの奈良のレポートもありますか?
60歳を過ぎても始められるのですね。
書道というのは体力というより気力の問題なのですね。
音楽を専門となさっている方の書というのも、見せていただきたい感じがします。
おけいこごとって一度離れてしまうとなかなか再開しにくいですね。
いつか、いつかが永遠に始められない・・・。
本当に自分の好きなことを優先して、なにか打ち込めるものを探してゆきたいと思います。
皆様にいろいろ教えていただき、今わくわくしてしているところです。
実は前にソウルに行った時、あれよあれよとだまされ、1万円をとられたことがありました。だまされたと気がついたのは後になってからというほどあっけなく騙されました。連れがいたので、気がゆるんでいたためだと思います。今度は用心していきますが、あまりに用心しすぎて、人を疑うような気持ちであるのくのもいやですね。
ひとりで、気楽に歩けましたか?
一番の不安はどんなことだったでしょう?
でもお嬢さまがいらしたのだから、それだけでどんなに心強かったでしょうね
新たに決意する時なんか、必要かも。
久しく書道していません。
せめて漢詩でも読まなければと、この記事を読んで感じましたよ。
いつか書こう~っと!
いつになるやら~~(笑)
いつか書こうと私もそう思い続けているのです。
だからこうして硯を眺めているのですが・・・。
ま、老後でしょうね。
やりたいことを書とめておかなければ。
eagleiさんはまだまだお仕事もお忙しいし、いろいろ興味が尽きないのですから、
いつか・・・それでいいですね。
でもお互いにいつか筆をもてたらいいですね。