タグ:韓国 ( 35 ) タグの人気記事

アリラン峠の旅人たち


旅芸人、行商人、キーセン、巫女、白丁、鎮魂にたずさわる人々の末裔
細々とその技を残し、今も世の中の片隅に生きる人々を取材した雑誌「根の深い木」に連載された記事36編のうちから
相補版は13篇(内、3篇は続編から),

b0116765_1616591.jpg



続編は11編,合計21編が掲載されている。

b0116765_16161864.jpg


すなわち21の職種が紹介されているのだが、その多くは被差別の民であり、または大きな収入を得られるわけではない人々である。
そうした底辺の人々が朝鮮の文化を支えてきた。
私は、その誇りに接したくてこの本を手にとり、さらに続編まで手にいれることになった。

韓流ドラマの時代物の中でみる旅芸人、例えば人形芝居や綱渡りのシーンの背景にどのような生活は血のにじむ訓練があったか語られている。
その多くは生きていくためにその道に入る。

またキムチ甕つくり、鎮魂、巫女、白丁はその家に生まれ、そのまま生業とする。
世間から蔑まされたその生活の中に人々の強い姿を見る。
また一時は時代の流れからたくさんのお金を得ても、やがて近代化の波にのれず、置き去りにされる職人も多い。
近代化の波に乗らないことを誇りに思いながらも生活は苦しくなっていく。
いつの時代も安寧に生きることは、たやすいことではない。

紙漉きについての記事の中に私が愛する「全州」が紹介されていた。

b0116765_1540045.jpg


訪問したときから韓紙が有名と聞いていたので何枚かインテリア用、あるいはポチ袋を購入してきた。

b0116765_15352181.jpg


韓日交流センターにmeiさんには紙で作ったオレンジとブラックのハンカチームもいただいた。

b0116765_16154762.jpg



韓紙つくりの伝統が全州にあったのは、まわりの山で良いこうぞが採れたことと
全州川の清らかさにあったという。
川の流れを思い出しながら、ハンカチの手触りを楽しむ。

b0116765_15351896.jpg


紙とは思えない良い手触りである。

この本は1994年が初版であるから、技術伝承してきた年老いた人々が今どれほど残っているかしれない。
それでも無形の文化財は語り継がれ、民衆の心へ、
あるいは、民衆の音楽として今も演奏され
形のあるものは、残され、私たちがそのものが放つ感触に接することができる。
こうして生きてきた人々の誇りに国を超えて敬意を表したい。


増補 アリラン峠の旅人達 朝鮮民衆の世界  
   続アリラン峠の旅人達 朝鮮職人の世界

安宇植編訳 平凡社
by shinn-lily | 2017-03-11 16:29 | | Trackback

株式会社クオンとCHEKCCORI(チェッコリ)


書店をまわってみて外国文学というジャンルで韓国の翻訳本を見つけるのはまれなことです。
距離的にこれほど近い国なのに、またまた遠い国だと実感してしまう瞬間です。韓国を何度も訪れているうちに、絵空事のドラマではなく、小説も読みたいと思う様になるのです。
スペインに行ったらドン・キホーテが読みたくなるように。
もちろんハングルでは読めませんから、翻訳本を探しているときに「株式会社クオン」という会社と出会いました。
この会社が出版している「新しい韓国の文学シリーズ」は実に良心的な仕事だと思います。

b0116765_2372417.jpg




興味深い本の選択、センスの良い表紙、残念なのは価格が高いこと、限られた読者が対象ですからしょうがないですね。ぼちぼちと読んでいます。
このシリーズの第1回配本はイサン文学賞(日本でいえば芥川賞か?)を受賞したハンガンが書いた「菜食主義者」です。
「まあなんと理解しがたい小説だこと」と違和感も持ちながらも、心にずしりと残っていたこの本が今年「ブッカー国際賞」を受賞しました。

また「韓国・朝鮮の知を読む」と言う本はわたしの韓国への興味を、その時その時に満たしてくれるものです。たいくつするとときおり取り出してはぱらぱらとめくります。

b0116765_22574616.jpg



本の紹介文より
「日本と韓国の知識人 140名が集い、日本語圏の読者に向けて韓国の〈知〉についての書物を語る本となっている。各執筆者がそれぞれ 1冊から 5冊ほどの、韓国の〈知〉に関わる書物を推薦し、それをめぐって 2000字ほどを執筆するというものである」。

そこで知る本や作家が、韓国への一歩、また一歩の道を開いていきます。
日本と韓国の文化を支えている知識人の魂が集まった本で、細い糸ではありながら、実はしっかりと両国は結ばれていると感じました。

クオンがと関連するCHEKCCORI というブックカフェが神保町の小さなビルの3階にあります。

b0116765_237197.jpg




ここにはクオンの本はもちろんのこと韓国の本もあり、お茶をいただきながらゆっくりと本を選ぶことができます。
b0116765_237275.jpg



韓国に行ったときも書店には寄るのですが、ハングル文字を読むのが困難なのでどこから手をつけて良いかわかりません。


スタッフのアドバイスを受けながら一冊の本を選びました。

書名が読めたから

b0116765_2354045.jpg



たくさん入っているイラストが気に入ったから

b0116765_235784.jpg



b0116765_2351642.jpg



b0116765_236168.jpg




書名は

그러니까 웃어요  だから笑って

この本を見ながら、なぜか良い知らせが2件続きました。
両方とも、心配していたお体具合が良好というお知らせでした。


だから」の訳はこの本を読めばわかるのでしょうか?
とてもこの本が読めるようになるとは思えませんが、やっぱり・・・ああ、読みたい!
by shinn-lily | 2016-09-03 23:28 | 韓国を考える | Trackback

李良枝著「ナビ・タリョン 」嘆きの蝶 そして全州の友


「あ、その人知っています。私の友達のお姉さんです。」
私が今読んでいる本をさしてこう言ったのは韓国全州にある韓日交流センターで日韓の交流に務められているmeiさん。
全州に行けば、まるごとお世話になっている方です。
日本へ帰国のひと時、私の住む町まで来てくださって、全州の話題、韓国の話題、そして本の話など、楽しいひと時をすごしました。
meiさんが知っているといったのはこの本は「由煕 ナビ・タリョン 」
知っているといったお友達のお姉さんは李良枝さん

b0116765_15504544.jpg


家庭が複雑でご両親の離婚が大変でね・・・そうそう
お兄さんが二人いて亡くなってね・・・そうそう
帰化されたことが納得できなくてね・・・そうそう
死にたい、死にたいって言っていたみたいで・・・そうそう
それで、若くして亡くなってしまって・・・そうそう
meiさんが話してくれることは、ほとんど知っていました。
「ナビ・タリョン」(嘆きの蝶)で作者は自分のおいたちを語ったのだと、meiさんの話を聞いて納得しました。
meiさんは留学先として韓国を選んだのも、その妹さんを通して高校の頃から韓国を意識するようになったからだということでした。

著者李良枝さんは自分の出自を求め、韓国に渡り、伽耶琴(カヤグム)や舞踏、そして言葉を学びます。
そこで日本に居場所を見いだせなかったように、結局韓国にいても居場所を見つけられず、深く傷つきます。
鷺澤萌も「ケナリも花、サクラも花」で同じ想いを綴っていました。
それにしても二人とも、30代で亡くなるなんて。しかもお二人とも美人で才能あふれる女性なのに。

お隣の国韓国が気になり、そこを尋ね、その国の温かさを感じ、その国との違いを感じ、
似たような顔をしているのに考え方の違いに不思議を感じている程度の部外者の私が、李好枝さんや鷺澤萌さんの想いがわかるなどと尊大なことは決して言えません。
それでも、meiさんが韓国の人々に日本語を教え、日本文化を伝え、
私が韓国に興味を持ち、また全州に訪れる、
そんなささやかなことが積み重なれば、地図上の国境線が黒からグレーくらいに変わるかもしれません。

会いたい人がいるから、行きたい場所があるから全州にはいつも行きたいと思っていますが、なかなかかないません。
たとえたびたび行けなくても、そんなつながりが今嬉しいと思っています。

待っていてください、朴先生~♪
meiさん、その時はまたお世話になります~。
by shinn-lily | 2016-06-27 21:52 | 韓国を考える | Trackback

ハングル文字への敬愛 

初めて韓国を訪れたのは22年前であった。
景福宮でその韓国の歴史の説明を受けて
「ハングルの文字は世宗大王が障子の桟を見て作った」と説明を受けた。
それが冗談だとその時は気が付かずに、ずーっとそういうものだと深く考えなかった。

b0116765_23361551.jpg


その前の年、北京では漢字が読めるので街で見る店がどんなものかは想像がついた。
しかし、ソウルの街では幾何学模様のようなハングルが外から来た私たちを拒んだ。
日本ほど英語の看板が少なかった。
それでも当時はまだ漢字の看板がいくらか残っていたように記憶している。
その後、ソウル、釜山、慶州、水原、全州へと何度となく韓国に行くことになった。
そうなれば、あの幾何学模様をなんとか読みたいものだと欲が出てくる。
ここ2,3年、NHKのハングル講座、放送大学の朝鮮語講座、そしてドラマ・映画・K-popに触れハングルが身近なものになった。
もちろん、大切な友人の朴先生からいただくハングルのメールはなによりもの励みである。
言葉や文字は人と人とを繋ぐ宝石である。

ハングル文字は15世紀、李王朝第4代世宗大王が宮殿に集賢殿を設置して優秀な学者に作らせた。
「愚かなる民は言いたいことあっても、その情(こころ)を述べるともできずに終わるものが多い。予はこれを見るに忍びなく、二十八文字を制くった。
これもただただ、人々が習うに易く、日々用いるに役立つよう、ねがってのことである。」
これを「訓民正音」という。
後にハングルと呼ばれるようになったこの文字はほとんどの音を表現できる世界でもすぐれた文字だと言われている。
母音は陰陽の原理「天・地・人」、子音は五行に基づいて作られ
その文字の形は音するときの器官の形を模したものである。障子の桟の形ではなかった!
(いろいろな説がある)

当時漢字を学び、使えることこそ上流階級両班(リャンバン)のシンボルであった
文字を作り上げることにもまして、その文字の流布は難しいものであったのは、特権階級の抵抗があったからだ。女の文字だ、身分の低い者たちの文字だと蔑まされた。
誰でもが字を書くことができるようになると、自分たちの存在意義が薄れ、社会の構造が変わることを恐れたからだ。
後の王がハングルを使うことを禁止したこともあった。
また、近い歴史の中で、日本統治時代には教育は日本語で行われたので、学校ではハングル文字を使うことができなかった。

b0116765_2340201.jpg


ハングルについてこの本を読んだ時、今、ほんのわずかでもハングルを読めることを誇りに思い、
一文字、一文字に愛着を感じるようになった。新しい文字を作ろうという発想に深く敬服した。
そして一方では漢字が残っている日本語の良さもまた感じることになった。
これが、異文化の触れ合う、いやぶつかりあう瞬間のときめきだ。



おりしも、同僚がハングルを作る世宗大王を描いたドラマ「根の深い木」のDVDをもってきてくれた。

b0116765_23384837.jpg


時代の映像を見ることが出来るが、ドラマの半分は作り話しとして見ることにしている。

b0116765_2339157.jpg


世宗大王は当時まだ40代であった。
李王朝歴代の王で最も国民に敬愛されているせいか、韓国のお札や文化施設にその名前が見られる。

b0116765_23393992.jpg


実際の世宗大王の肖像はない。
俳優の한석규(ハン・ソッキュ)氏が好演している。

世宗大王はドラマの最後で
「もはや『訓民正音』は自分のものではない。民のものであると」と結ぶ。
シナリオ作家の構想はこの言葉から始まっていたに違いない。



ハングルの誕生 野間秀樹著
平凡社新書
by shinn-lily | 2016-05-15 23:56 | 韓国を考える | Trackback

鷺沢 萠著 「ケナリも花、サクラも花」

ケナリも花 サクラも花
という書名にふと魅かれるものがあって読み始めた。

b0116765_1359069.jpg



「ケナリ」を調べた。日本語のレンギョウの韓国名であった。
レンギウは枝を土に挿しておくだけで根付くほどの強い花であり、群なして咲く姿は春を讃歌するような明るさがある。
この著書の中でケナリは韓国の象徴である。

著者鷺沢萌(さぎさわめぐみ)は自分の1/4が韓国の血であることを、20歳になって知る。
19歳で文学界新人賞を得た後のことである。
父方の祖母は自分が韓国人であることを隠して、著者の父親を育てたのだ。


著者の中でその1/4の血はその後の人生を大きく動かしてゆく。
その様子は
「私の話」に書かれていることをみればよくわかる。

b0116765_13591817.jpg


鷺沢はハングルを学ぶために延世大学に短期留学をし、その時の滞在をもとに書かれたのがこのエッセイ集「ケナリも花、サクラも花」なのである。
日本にいても、「ここは私の国ではない」と感じ
韓国にいても「ここは私の国ではない」と感じる。
そう感じていても、韓国に来て「そうだったのか」とわかることがある。
ずーっと理解できなかった父親の考え方、行動が初めて理解できたのである。
2つの国の狭間で揺れ動く鷺澤の感性はあまりにもするどく、そのことが彼女を追いこんでゆく。

現地で雑誌のために受けたインタビュー記事に添えられた鷺澤の写真は当日、ケナリの花の前で撮ったものだ。
送られてき雑誌を見てケナリの後ろに桜が写っていたことを知った。
鷺澤は女性編集者の気持ちを深く感じることになる。

留学したのは24歳、そして鷺澤は35歳の若さで自ら死を選んだ。生きていれば今48歳、
私はその短い生き様をもっと知りたいのと同時に、細いロープの上を自分でゆすりながら歩くようなその繊細な感性にもう少し触れていたかったと感じた。

近所のレンギョウも川べりの桜もだいぶ色づいてきた。


「ケナリも花、サクラも花 」新潮文庫
「私の話」河出文庫
by shinn-lily | 2016-03-22 21:46 | | Trackback

立春 心躍る集い

興味が同じ友人とのおしゃべりほど楽しいことはありません。
文化への興味、ドラマへの興味、音楽への興味、習慣の興味、伝統への興味、考え方への興味
全ては近くて遠い国、韓国への興味です。
全州(チョンジュ)の韓日交流センターで知り合った、いえすれ違った仲間です。
みなさん、ハングルを勉強して、わたしよりずーっと話せます。
Mさんの釜山映画祭に行ってきた話しを聞いて心躍ります。
韓国の地方までひとりでコンサートにお出かけになるT先輩には驚かされます。
統営(トンヨン)に行ってみたいと話したら、もうすでにいらしたことがあると、、、
私の興味をどんどん広げてくださいます。
「オモニをお願い」という本をすぐに読んでみたいと興味を示されたHさん。
みなさん、読書家で、片寄った私の読書傾向を刺激してくださいます。
向学心のある方々はわたしにたくさんの栄養補給をしてくれました。



立春を過ぎると、空気は冷たくても、陽射しが強くなって日も長くなってきました。
久々に外歩きです。
函南の空には鳥のようにパラグダイラーが飛び、

b0116765_1692991.jpg


熱海、糸川岸の桜はすでに満開を過ぎていましたが

b0116765_169527.jpg


梅は満開です。

b0116765_16104482.jpg


春がほんの少し、顔を出し始めました。

熱海から帰るとMさんから宝物が届いていました。


ハングルの単語は唄から覚えることも多いのですが
「100回聴いても意味はわからないのよね」とYさん。
やはり対訳からひとつひとつ文章を見ていかなければなりません。
大好きなソンシギョンさんのCDはほとんどが韓国版です。
歌詞カードはありますが、小さい字で見にくい上に、対訳はもちろんありませんから意味がわかりません。
自分で辞書を引きながら・・・ああ気が遠くなります。
というわけで悲しい唄、楽しい唄くらいしかわかりません。

メモリーは
Mさんの好きな、そして私も好きなソン・シギョンさんの全CDの歌詞と日本語訳が入ったお宝です。

             

お金では買えないものです。
わたしにとってダイヤモンドの指輪にも相当します。

b0116765_1611268.jpg


Mさん、有難うございます。
唄を聴きながら、ハングルの勉強をします。
学ぶことはなにより楽しい遊びだと考えている皆様についていけるように
もう少し勉強をしなければと刺激を受けた4時間でした。


Mさん、Yさん、Hさん
楽しい時間を有難うございました。
by shinn-lily | 2016-02-07 16:40 | 韓国を考える | Trackback

겨울을 재촉하는 비 (冬をせき立てる雨)‏

全州の朴先生からのメールの見出し

「冬をせき立てる雨」

なんと素敵な表現でしょう。
朴先生は詩人です。
時折いただくメールの中に宝物のような言葉を見つけます。

全州の朴先生にお出しした私のメールは、私の全州滞在の足掛かりを作ってくれた韓日交流センターのmeiさんが、お仕事で日本に戻られた折に新百合ヶ丘まで来くださったことをお知らせするという内容でした。
meiさんは私よりだいぶ若いし、昨年初めて知り合ったばかりなのに、昔からの友達のように話がはずむのです。

b0116765_2217041.jpg


今、韓国人理事長の元、韓日交流センターの会員を増やし、地盤を強固にするために、忙しい毎日だといいます。
確かに、ブログを見てもその忙しさが伺われるので、メールを出すのさえ遠慮していたのです。
それなのに突然ご連絡いただいてわくわくしました。

日韓両国にまたがる政治的な摩擦が多く、反日、反韓という言葉を普通に聞くこの時代に
韓国と日本の関係を慮り、その交流に力を注いでくれる韓国の人々がいることがなんとも嬉しく、在り難く感じられます。
センターでは約20人も日本語を勉強している人々がいるとそうです。Meiさんが日本語の先生です。
そして詩人である朴先生は全州を訪れる日本人に交流センターで韓国語を教えています。
私、お勉強はしないのだけど、韓日交流センター日本人会員№3、今年の年会費、忘れずにおあずけしなければ。

b0116765_22182440.jpg


Meiさんとうなぎを食べて、お茶を飲んで、
朴先生とそのお仲間の日本旅行ついて相談
本当に朴先生、いらして下さるかしら?
私、はりきってアテンドしますよ!
先生、ぜひいらしてくださいね。

おしゃべり、ひとしきり・・・
さあ、ユニクロでお買いもの!
週末限定でお安くなっているしね!
Meiさんは背が高いので上の棚の品を楽々とってくれます。
ああでもない、こうでもないとかわるがわるに鏡の前に立ち
あつ、GAPも見る?
Meiさん、楽しかったわ~
いただいたチャンジャ(たらの内臓の塩辛)が美味しくて、美味しくて・・・。

b0116765_22185346.jpg


韓国の味が蘇って、またすぐにでも全州に行きたくなってしまいました。

メールで、朴先生を日本にお誘いしているのに、
「いつ全州に来ますか?」と
はい、すぐにでも・・・気持ちは羽をつけて全州にすでに飛んでます。
by shinn-lily | 2015-11-28 22:29 | 全州 | Trackback

全州・朴先生へのメール 「ご縁」

朴先生

MさんとTさんにお会いしました。
たぶんMさんからカカオトークで私たちの写真が送られたと思います。
あまりに楽しかったので、朴先生に早くメールを書きたかったです。
それなのに、仕事が本当に忙しかったのです。
昨日は打ち合わせが4つもありました。
今日は仕事を休むのでなおさら忙しかったのです。
家に帰ってから、パソコンを開く気力がありませんでした。

b0116765_156116.jpg


Tさんに最初に出会ったのは一度目の全州への旅で、朴先生と初めてお会いした時です。
Mさんに出会ったのは朴先生とMeiさんが全州のバスターミナルに迎えに来てくださった時ですね。

b0116765_1564855.jpg



全て朴先生を中心としたご縁です。

全員、韓国が大好きなので、話がつきませんでした。
小説やハングルの話し、音楽、映画や文化、など。
なにしろ、みなさんとても勉強好きなので、教えていただくことがたくさんありました。
先生があの場にいらしたら、私たちはもっと楽しかったことでしょう。
朴先生がとても褒めることが上手であるとみんなで話しました。
先生が日本に来てくださったらどんなに嬉しいかと話しました。
いえいえ、新聞のエッセイーを連載されているうちは無理な願いだとも話しました。
でも、私もみなさんも待っていますよ。

Tさんは私よりお姉さまなのに、興味に向かって突進なさいます。
私はまだまだ足元にも及ばない・・・励まされました。
Mさんは静かなのに、意欲が体いっぱいに溢れています。
お二人とも、精神的に独立していて、おひとりでどんどん韓国にいらっしゃいますね。
みなさんはとても頭が良いので、私もおいつくために、もっと勉強しなければなりません。

朴先生が日本語の勉強のために使っている「涙そうそう」を唄っている夏川りみのコンサートにいってきました。
唄は作詞をした森山良子さんが歌う方が好きです。
けれども、夏川りみさんのお人柄が伝わってくる良いコンサートでした。
今日はご報告だけのメールになってしまいました。
近況はまた書きます。


昨日も雨です。今日も雨です。
昨日の夕方、虹をみながら帰宅しました。

お元気で。

shinn-lily


韓国全州にお住まいになる詩人朴先生とお知り合いになって1年ほどなのに、昔からのお知り合いのようにメールでおつきあいさせていただいてます。このご縁に感謝しています。
今朝、メールを書きました。
書いたメールをグーグルの翻訳機をつかって、ハングルを併記して送信します。
翻訳機が賢く働くことができるように、文章を出来るだけ短く区切ります。

今度、朴先生がお勉強中の日本語とわたしの単語をつなげるだけのハングルで、またお話ができるのはいつのことでしょう?

全州では雨が降らないので、雨を待っていると、お返事をいただきました。
関東地方は鬼怒川の堤防が決壊して大変な被害がでています。
早く避難遅れの方々が救出されますように!
テレビを見ながらはらはらしています。
by shinn-lily | 2015-09-10 15:16 | 大切な場所 | Trackback

韓国全州で会った人々⑩また会う日まで

全州からソウル金浦空港まで、リムジンバスで3時間半かかります。
この3時間半はわたしにとって、この旅のエンドロールとなります。
映画を観た時の最後の余韻のひと時、たくさんの人がその映画にかかわったことを知ります。
映画と同じように、私個人の旅にたくさんの人が力を貸してくれました。
その方々の顔とその時間がわたしの頭の中に蘇ります。
特に、バスターミナルまで見送りに来てくださった、朴芝蓮先生、交流センターのmeiさんは言葉につくせないほど感謝しています。
温かくか迎えていただき、昔からの友達のようにサポートしてくださいました。
b0116765_2221213.jpg


お別れの時まで
朴先生はターミナルで私が良い席に座ったかどうかリムジンに乗り込んで、結局席を一番前の席に座るように促され、先生は納得して降りられました。確かに景色がパノラマのように見えて良い席でした。

b0116765_22212774.jpg


すでに、おねだりしてコチジャンやエビの塩辛などたくさんいただいていた上に、キムチも持ってきてくださいました。

b0116765_22215840.jpg


私は長女なのですが昔から欲しかったお姉さんができたような気持です。
帰国後もメールで頻繁にお互いの生活や想いを語りあっています。
今日も、お嬢様とご一緒にいらした春川(シュンチョン 冬ソナの舞台)の旅の様子を知らせてくださいました。
朴先生を慕う日本人はたくさんいらしゃるし、エッセイ執筆でお忙しい中、こうして近況を語りあえ、心から尊敬する師を得られたことは、私の人生に対するご褒美のような気がしてなりません。

Meiさんは、全州にどんと腰を据え、誰に対しても同じように優しく、それでいてさばさばと韓国と日本との交流に尽力されています。
滞在中meiさんにお世話になった方はみんな全州にはまってしまうのです。
「バスの中で」と手渡してくれた包の中は、私が食べたいと話した黄色いマクワウリと初体験の味の豆乳とチョコが入っていました。

b0116765_22225017.jpg

b0116765_2223969.jpg


その他
金山寺へドライブに連れていって下さった南教授と会津磐梯山を良い声で歌われた日本人のMさん、
b0116765_22481616.jpg

スンデクッパのお店のハルモニ、
b0116765_22235279.jpg

もやしクッパのお店のアジュマ、
b0116765_22241773.jpg

おまけをたくさんくれた陶芸家、
b0116765_22335777.jpg

道を聞いてきた若い韓国旅行者、
b0116765_2232319.jpg

優しく迎えてくださったハングル書道教室のみなさん、
b0116765_22544363.jpg

春香伝を熱演した役者やカヤグム(韓国の琴)などの伝統楽器の演奏者、
b0116765_22275370.jpg

慶基殿を案内してくれた朴氏、
b0116765_22344184.jpg

ホテルのいつも笑顔がはちきれそうなスタッフ、
b0116765_22381827.jpg

トッケビ市場で物を売る人々、
b0116765_2226144.jpg

またお会いできるかもしれない方も、一期一会の出会いの方も、わたしの全州の旅にとっては全て大切で愛しい登場人物でした。

ソウルが近くなるとそろそろ旅のエンドロールもおしまい、現実にもどります。
b0116765_22494697.jpg

さあ、また頑張って仕事をしなくては。
皆様、本当にお世話になりました。

また会う日まで、どうかお元気で、アンニョン!

J-POP大会の結果はなんと
by shinn-lily | 2015-07-21 22:56 | 全州 | Trackback

韓国全州で会った人々⑦ トッケビとハルモニ

トッケビは、多くの古い朝鮮の民話に現れる伝説の存在である。普通は怖い存在だが、ユーモラスでグロテスクな妖精または小鬼でもある。いたずら好きで、悪人はからかい、善人には富と天の恵みで報いた。(ウィキペディア)より

南部市場の横の全州川に沿って、早朝からたくさんの人々が物を売る市場を「トッケビシジャン」と呼ぶことを朴先生が教えてくれた。
さーっと店を開き、さーっと閉じてしまうことからその名がついたそうだ。

b0116765_2220401.jpg


そのトッケビシジャンを朴先生が案内してくださった。
海のもの、山のもの、畑のもの、家で作ったもの、我々旅行者にとって買って持って帰ることができるものはなかなかないが、見ているだけでも楽しい。

b0116765_2219495.jpg


私もせっかちだが朴先生も本当に市場をせかせか歩く。それなのに、知らないことはしっかりとたずねる。
「あざみを食べるのか」と先生にお尋ねすると早速売っている人に聞いてくれた。
干してお茶にするという。

b0116765_22214100.jpg


実は私も、ここにゴザをひいてなにか売ってみたかったのだ。売る人の気持ちがわかるかもしれない。
交流センターのmeiさんにこのシジャンで物を売るとしたら何が良いか聞いてみたことがある。
「日本製をみんなが好きだから、日本製の歯ブラシ、サランラップ、ただし、高くなってしまうと買ってくれるかどうかはねぇ。」
それにしても生活をかけて商売をしている方々に遊びで参加しょうなどとは不謹慎きわまりない。

b0116765_22221490.jpg


さあ、市場はおしまい、次は朝ご飯ね。
前回ここで食べたスンデクッパの味が忘れられないのでそれをリクエストしてあった。
美味しいお店を知っているからと連れていってくれたのは、はたして前回私が行った店であった。
b0116765_22242078.jpg


同行のMさんと私の分二人前をオーダーした。

b0116765_2223631.jpg


先生は二人のをちょっとつまむだけでいいとおっしゃる。
日本では3人店に入ったら3人分を頼まなければならないが、韓国では問題はないようだ。
うー、この味、この味、韓国で食べた食事の中でベスト3に入る。
嬉しいことに店の看板にも登場している創業者のハルモニにお会いできた。
お写真をお願いしたら、にっこりと笑顔をつくってくれて、

b0116765_2225097.jpg


ここで長い間商売をなさってきた風格はただものではない。

ご馳走様。ああ、美味しかった!次回も絶対食べに来ようっと!
どうか次回がありますように。
by shinn-lily | 2015-07-01 22:30 | 全州 | Trackback