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映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を見て、ふと心が...

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まったく無知とはこういうことで、この映画の舞台はアメリカのマンチェスターであり、その近くに海があると思い込んで映画を見ていた。

ところがマンチェスターを地図で調べると、内陸であり湖はあるが海はない。

この映画の重要なテーマは

「病んだ心を『自然』にいやされる」

「病んだ人生を『人』がいやしていく」

となれば、海は大きな役目があるのに。

さて納得できずにもう一度調べてみると、ボストンを海沿いに北へ進むと「マンチェスター・バイ・ザ・シー」という土地があり、それが地名であることを知った。

「海岸近くのマンチェスター」という地名が、かつてイギリスから移住してきた人々の気持ちを表現している。

そして幸いなことに娘と旅したニューイングランドの春の思い出がよみがえり、その風景に厚みがでた。

主演のケイシー・アフレックはアカデミー賞をはじめとして多くの主演男優賞を獲得している。

その獲得に納得してゆく。

一瞬の荒れた心で多くの取り返しのつかない物を失い、その罪を背負いボストンの片隅で生きている。

しかしその生活は兄の死によって大きく変わってゆく。

残されたひとり息子の後見人になることが、兄の遺言状に残されていた。

映画の結果は予想外であった。

しかし、この映画に実は結果は必要ないのかもしれない。

少しずつ、人間としてまわりの人々の心を受取り始めていく過程こそ、この映画の重みである。

そこには、猛々しくも美しい海が広がっている。

マンチェスター・バイ・ザ・シー

心に刻み込まれる映画であった。

*画像は公式サイトからお借りしました。


by shinn-lily | 2017-06-19 22:53 | 映画 | Trackback

女性が働き続けること③

もうすぐ驚くことに67歳になる。(本当におどろいてしまう!)


現在は週4日午前中勤務

私の年代、とくに比較的お嬢様学校と言われた学校の環境では、大学を卒業したら、お料理教室でも通って、そのうち結婚、そして専業主婦になるのがあたりまえと思っていた。

甘かった!

なかなかそうはいかない。たまたま離婚してしまったから、働かざる得なかった。

本当は家で手芸やお料理をしているのが、性分にあっていたのだけど。

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それでも結婚前に、10か月ほどボランティア団体の事務局で働いた。

女性4人の職場でチーフというのが個性豊かな方で余命宣告されている方と結婚し、子供を産み、看取った後は娘をひとりで育てていたという愛情豊かな方だった。

よくしていただいたが、仕事に厳しく、感情的にややムラがあり、よく涙し、あのようになりたくないと思っていた。

今から思うと、恥ずかしいことだ。

何故なら、その後そのチーフから教わったことが、どれだけふたたび仕事をするようになってから役立ったことか数えきれないほどなのだ。

WMCAの秘書課を卒業なさっていたので、事務を含めた女性の仕事基本を教えてもらった。

ときおり思いだし、天国に向かってお礼を言っている。若いということはもの知らずであり傲慢でもある。

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人生はたまたまということが多く、たまたま自営だったので、離婚後父の会社に勤務することになった。

しかし実情はなにも取り柄のない女性に職場なかなかないのが現状だった。

子どもが小さかったため、時間的には融通をきかせてもらったが、その他の特別待遇はいっさいない。

一見親の会社ならよいかと思われがちだが、そこは多くの眼、または好奇の眼が注がれるので、身をきちんと律していかなければならない。

入社前に簿記の学校に数か月通い、秘書検定2級を受けて最低常識だけをなんとかつけやきばで勉強した。

父は女性が仕事をすることを嫌い、結婚当初まだ貧しかった頃、母が内職の仕事を近所の人から紹介され家に持ち込んだところ、ひどくしかってやめさせたという。

その後、母が自分の会社に出ることもさせなかったくらいだから、私が会社に入ることはかなりの妥協だったことだろう。

それに比べて長男が入社するときは嬉しかったようだ。

父は私が「洋服を買った」というと喜び、試験前に夜遅くまでおきていると、「勉強はいいから早く寝る様に」と言しまつ.

技術や世の中に対しては先を見ていた父だったが、こと女性問題は前近代的だった。

当時のほとんどの男性の意識もそんなものだったに違いない。

私と妹は後に父の教育方針が悪かったと冗談で悪態をついた。

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子どもというものはまことに勝手なものだ。

結局現在、妹も私も仕事をし続けている。




by shinn-lily | 2017-06-08 08:02 | 大切な場所 | Trackback

女性が働き続けること②

日本経済新聞経済開発部 編集委員 石塚由紀夫氏のの講演を聴く機会を得た。

氏はこのようなご著書がある。

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資生堂の美容部員の働き方改革について、その社会的バッシングとその後の売上増について書かれている。

改革の概略は育児に携わる期間、女性を早番にシフトしていたが、人数が多くなってくると弊害がいろいろ出てくる。

まず、子供のいない人が遅番ばかりとなり、不公平感が蔓延してくる。

化粧品が最も売れる時間帯に接することがなくなる。

売れ筋の選択発注から遠ざかり、販売感覚が薄れる。

「働く女性に優しく」の弊害が企業の首を絞めつけ始めたのだ。

そのため、資生堂人事は全員にインタビューをして、老人介護をしながらの育児中など特殊な理由のあるごくわずかな人をのぞく女性全員に遅番にも入ってもらうことにした。

このことがNHKで放送されるや否や、社会的バッシングを受けた。

しかしながら結論は女性の働く意欲が増し、対面販売部門の売り上げも上がっていったという。


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大企業には手厚い育児休業制度があり、最長3年の休業をとることが出来る企業もあり、最近ではその3年をフルに休む女性も増えてきたという。

ところが、その結果、仕事場の変化においついていけず、職場に復帰困難な状況がおきているそうだ。

考えてみれば、今、一昔前といえば、Ⅰ,2年が良いところ。

浦島太郎状況で再出社してもキャリアの構築は難しいという状況になっている。

「女性に優しく」は女性のキャリアをスポイルしてゆくのだ。

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「女性に優しく」はダメ

これには私も同じ想いを持っている。

若い女性が入社してくると、自分の娘と同じくらいの女性にどう話しかけて良いかわからない男性が女性に優しく接する。

もちろん、優しさは社会への一歩を歩き始めた若い女性たちには応援になる。優しいのは良いが、甘やかしてなんでも「いいよ、いいよ」というのは困りもの。

厳しく部下を指導するより優しくしてあげるほうがどんなに楽か・・・

誰だって人に厳しくするのは大変なのだ。

若い女性に対して、嫉妬するおつぼねさんにはなりたくないのだが、

「甘やかさないで、きちんと教えて」と上司になる男性に頼む。

何故なら、彼女たちが社会への一歩がこんなものだと思ったら、これから一生損をしてしまうことになり、厳しいことに対していつでも不満を持ち続けることになるからだ。

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スタートの厳しさは後々の宝になると思っている。

その厳しさの中で成功体験が出来れば、宝物がもっと光出すにちがいない。

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優しすぎる弊害・・・この言葉の真意をきちんと理解し、新しいステージに女性が上っていく時期になってきたのだ。


by shinn-lily | 2017-05-30 22:32 | 大切な場所 | Trackback

女性が働き続けること①

最近、通勤時に多く見かけるようになった保育園送りのパパやママたち、ここ郊外の駅のまわりに保育園がいくつか出来たせいかもしれないが、子供が出来ても働く女性が増えているのは確かだ。

寿退社という言葉が死語になりつつあり、子供が出来てもキャリアを捨てない女性が増えた。

企業の対応も育児休暇など、女性社員に対する仕事継続支援制度が出来てきた。

安倍総理は2012年女性活躍推進をうたい、2014年「すべての女性が輝く社会づくり本部」を内閣に設置し、昨年4月には女性活躍推進法が施行された。

背景には少子化にともなう人手不足への想定から成長戦略への手当があるが、海外から「日本の社会がおくれている女性進出を応援した」ということで海外から評価を得たこともあるという。

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昔から、実は女性って活躍しているのをご存じかしら、政治家のみなさんは?

農家の女性は朝早くから夜まで働きづめで家族を支える。

美容師は女性とて、一人前になるまで、閉店後夜遅くまで勉強する。

働く女性を支える保育園の運営をになう保母さんだって、男性も増えたといってもやはり女性が中心だ。

だから、女性活躍推進法という名前に抵抗を覚えるのだ。活躍している女性は昔からたくさんいる。

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そして現実に目をむけてみる

「育児休業?育児はなにより大切ね。どうぞどうぞ、しっかり子育てに専念してね。女性としても応援するわ」

本心で子育てと仕事で大変な時期を経験した私としては心からこう応援したい。

けれども、あなたがいない時期、あなたの仕事は他の人でカバー出来ない。そのしわ寄せは急いで帰って家族のごはんを準備しなければならない他の女性にふりかかるのだ。

それに今時、昔のようにコピー機のまわりでおしゃべりをしている人なんていないほど、みな自分の仕事で手いっぱいだ。

ではその間、派遣さんを雇ってカバーする?

これも、昨今採用が難しくなっている。

悔しいが、「育児休業を取りたい」と言われたとたんに頭を抱えるのが、育児休業制度さえ整備されていない中小企業の現状だ。

それでも「女性活躍」という言葉が紙面に出るだけでもよしと考えるべきなのだろうか?

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子供を保育園に送る後ろ姿に今日もエールを贈る。

「大変な時期もいっとき、ここが踏ん張りどころ」と。 


by shinn-lily | 2017-05-28 11:46 | 大切な場所 | Trackback

2017年 ソウル ドラマのように⑤ 雨にけむる世宗大路

世宗大路には韓国人の想いがつまっている。

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奥からソウルを見守る北岳山(ブガッサン)

わずかに見える青い屋根が大統領府 青瓦台

李王朝の宮殿景福宮(キョンボクウ)は2010年に復元された光化門(クヮンファムン)の陰で見えないが
ここでもかずかずのに韓国と日本の歴史がある。

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その手前に
ハングル文字を創生した李氏朝鮮王 第四代世宗王の銅像が威風堂々と鎮座している。

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世宗大王の像を見て思うことは2つある。
「あの時(1446年)にハングル文字を発表しなかったならば、韓国はまだ漢字の世界であっただろうか。後の教育の中で漢字をもう少し多く残すことはできなかったのだろうか」
「もし漢字の世界が続いていたならば、私たち日本人は中国を訪ねた時のように、意味はわかるけれど発音は覚えにくかったにちがいない。
世界一多くの音を表現できるというハングル文字のおかげで、わずかながら、聞いて理解し、話すことができる。
最初は記号としか見えなかったこの文字に今恩恵をうけているのだ」


さらに
加藤清正率いる日本軍と戦い韓国の英雄とあがめられている李舜臣(イスンシン)の銅像がひときわ高くそびえたつ。

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金薫(キムフン)が李舜臣を主人公として書いた小説「孤将」は蓮池薫氏の翻訳も素晴らしく読み応えがあった。
そこには大将とし軍を率いながら、一方では一個の人間として孤独の中で悩みながら生きている姿が書かれていた。
また、両国の多くの人々が命を失った戦場である海の描写があまりに美しかったことが妙に印象に残っている。

路の入り口、一番手前には
2014年、セウォル号の転覆事故で亡くなったの高校生300人を悼む祭壇がテントの中にある。

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祭壇には亡くなった高校生の写真が並んでいる。
若々しいその顔を見ると、悔しくて涙がこぼれそうになる。
3年前、友人とソウルを訪れたのは事故の2か月後であった。
私たちも当時ソウル市庁舎前にうまった黄色いリボンにご冥福をたくさせていただいた。
たくさんの黄色いリボンへの想いは消えることなくここに追悼されていた。

しかしそれだけではない
実は、今は見ることのない朝鮮総督府が光化門のある場所に建てられていたのだ。
朝鮮総督府は1910年から太平洋戦争の終る1945年まで、日本が韓国を統治していた時の官庁である。
のにち図書館などに利用されたが、1995年金泳三大統領によって爆破され、その姿を消した。

数々の歴史、韓国と日本の歴史と想いがつまったこの道をオンニーと私は手をとりあって、未来へと歩いた。

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by shinn-lily | 2017-05-04 01:03 | ソウル | Trackback

2017年 ソウル ドラマのように④ 登場人物3番ヤクチング(薬友達)

ソウルは雨模様、それでも雨なんかに負けてはいられません。

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オンニーと傘をさして地下鉄を乗り換え、地上にあがります。
「昔、大学に通っていた頃は毎日のように来ていたのだけど、ビルがたくさん建ってわからなくなってしまったわ」
とオンニー
銀行の前に立つ若い青年に道を尋ねます。
それでもわからないので、友達に電話をしています。
そしてその電話を青年にわたして、現在地やら道を友達から聞いてもらっています。
人と人の距離が近い!
韓国に来たときはいつもそう思いますが、この青年も気軽に電話に出てくれて、そして教えてくれました。
たどりついた場所はここ、老舗の薬局です。

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「アンニョンハセヨ~」
私たちがこれから「ヤクチング」という共通相性で呼ぶ、とびきり美しく、きりっとした白衣の女性がいらっしゃいました。
聞けば、幼稚園から大学までずーっと一緒だったチング(友達)とか。
薬の山をかきわけて、私たちは座り込みます。
お嬢様は日本の大学で「都市工学」の教授をなさっているそうです。
ですから日本人のわたしにも親しみを持ってくれたようです。
ひとしきりおしゃべりをして、といってもわたしは横で少しわかったような、いえほとんどわからないのですが。
帰り際にヤクチングが夕食に誘ってくださいました。
「じゃああとで」と外に出たのはよいのですが、
結局、私たちの都合ですっぽかしてしまいました。
心配する私をよそに、オンニーは
「大丈夫、大丈夫、ずーっと友達だったから」と。
そうかな~、日本の友達関係だったらしこりになりそう・・・
オンニー、ヤクチングにちゃんとお詫びを伝えてくれましたか?

その老舗薬局は明洞の近くなので、いつかまたお尋ねしたいなと思っています。

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オンニーのお友達だけあって、ものすごく素敵な方なのでぜひ、またお会いしたいのです。

薬局を出るとこんな路地を通り抜け、私たちは手をとりあい

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東大門から続く清渓川の散歩道に出ました。

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by shinn-lily | 2017-04-30 11:05 | ソウル | Trackback

2017年 ソウル ドラマのように③登場人物2番 文在寅候補 & 安哲秀候補

今、ソウルの街の話題は北朝鮮問題ではなく大統領選挙です。

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オンニーとタクシーの運転手は20分あまりの乗車時間にずーっと大統領は誰が良いか激論
運転手のアジョシはまさしく韓国独得の口角泡をとばすという表現がぴったり
横から見ると、本当につばが飛んでいました^^

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選挙戦は、日本でも報道しているように、
進歩(革新)系最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)候補と中道系「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)候補の2強に絞られてきたようです。
韓国人が政治の話題好きとは聞いていました。
目下のところ、どちらに投票するかが大問題のようです。
国民がそれってあれだけのデモをしたわけですから、当然です。

韓国は直接国民投票により大統領を選ぶので、意識も日本より高いことはうなずけます。
そして、今、国民の共通の想いは失脚した前大統領朴槿恵(パク・クネ)氏に対する深い失望です。
主のいない大統領官邸 青瓦台は今もしっかりガードされています。

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ところでこんな選挙カーを街で何度かみかけました。
この車は保守系「正しい政党」の劉承ミン(ユ・スンミン)候補の選挙カーですね。
人の気配のないディスプレーだけの各候補の車が国を中廻るようです。
静かではあるのですがこれではテレビと同じでは?
はたして選挙カーの効果はあるのでしょうか?

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二強と言われる2人のうち、どちらが選ばれるとしても、反日色の強い候補です。
それでも5月9日には複雑な様相を呈してきた朝鮮半島の未来のために、真実を曲げず、公平で真摯な政治を行う大統領が選ばれることを祈っています。
by shinn-lily | 2017-04-27 16:02 | ソウル | Trackback

桜揺れる


毎週、前を通り過ぎる寺に、私をひき止めたのはこの枝垂れ桜

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枝垂れ桜は今が盛りと咲き誇っていましたが
風に吹かれて揺れる姿は優しく、楚々としていました。

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この先の病院に入院している友人に見せてあげたい・・・

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もう半年
ほとんどの時間をベッドで過ごしているのに
どんなに大変な時も
いつも誰にでも同じ態度です。
わがままを言っていいのに・・・

「どうか、少しでもよくなりますように」

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思わず本堂の前で手をあわせました。
by shinn-lily | 2017-04-10 23:24 | 大切な場所 | Trackback

大国魂神社初詣と開運赤デビュー

昨年は友人と約束していた府中の大国魂神社初詣が共通の同級生の天国への旅立ちで機会をのがしてしまいました。
そのせいではないと思うのですが、そのあとその友人は病にかかり、長い事入院することになりました。
ですから、今年は何があってもお参りをしたくてはと、昨年から約束していました。

寒さのピークと言われたその日、万全の寒さ対策をしてお参りを決行しました。
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お正月が過ぎたとはいえ、提灯が出迎えてくれると、やっと来ることが出来たことが嬉しくなりました。
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青い空はまるで私たちのお参りをまっていてくれたようで、
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気持ちもすがすがしく、今年はこうしてお参りに来られたことを感謝しました。
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さて、お参りの後はランチ、
そしてかかせないのは、またまたショッピング
一昨年、帰りかけでお買いものにはまり、帰りが遅くなった経験があるので
おしゃべりもそこそこに、伊勢丹の中を見てまわりました。

私はこのお正月休みにタンスの整理をした際、
これまでは、普段用、勤務用、よそ行き用と分けていたセーターを色別に分けてみました。、
一番多い色はなんと「赤」でした。ちなみに二番目は白でした。

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ショッピングをしながらその話しをすると、友人はびっくりしていました。
そういえばいつも黒かグレーか白がその他もシックな色の洋服しか見たことがありません。

私が売り場でやはり目についたのはオレンジがかった赤のカーディガン
手にとってふと友人に合わせると、とても似合うではないですか。
早速試着、ああ素敵だわ、顔も明るく見えるし。
とうとう初めての赤のお買い上げとなりました。
私は同じ形のブルー、いままであまり着たことがない色です。

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これまでも一緒にお買いものをするたびに買っているので、お揃いがいくつもあります。
それでも、友人はスタイルが良いので、同じものでも着た印象はまるで違うのです。

帰りの車が混むのではと心配してくれるので、そろそろ切り上げて帰りましょう・・・と思ったものの
ふたりともまたまたアクセサリー売り場でひっかかってしまいました。
友人は赤と黒のアクセントになりそうなネックレス
私は草色と茶と黒の大振りなネックレスを購入

ああ、もうきりがないわ、わたしたち!

帰宅後ラインでいいお買いものが出来たと・・・ええ、本当にいい赤でしたもの。
もうこの年齢だから、どんなものでもこだわりなく楽しくきましょうよ、ね♪
友人の赤デビュー、今年はなんだかいいことがありそうです。
by shinn-lily | 2017-01-26 22:32 | お洒落 | Trackback

ミンガラーバー(こんにちわ)ミャンマー⑭遺跡でみつけた「ミャンマーの希望」

カックー遺跡の見学が続きます。
あるパゴダの前で、
「ここで祈れば良い相手がみつかるパゴダです」
と現地ガイドチョーさんが説明しました。
私はパオ族のガイド君に、
「あなたもお願いしなければ」
と声をかけました。
ところが彼は
「必要ない、もう彼女がいるから」
と答えるではないですか?

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見学が終わり食事をした休憩所にもどると

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彼が私に、
「彼女がここにいます。ほらあそこ」
と声をかけてきました。
みれば利発そうな美しい女性です。
他のグループのガイドをして、かいがいしくお茶を入れていました。

「わー、可愛い!美人ね、彼女も大学生?」
「もう卒業しました。年上なのです」
そして彼女を呼んでくれました。
みんな一緒に記念撮影
そして、ツーショットも

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撮影の最後には彼が自分の携帯を出して、
「二人で撮ってください」と
彼はその写真を嬉しそうに見ていました。
彼女のことが愛おしくてしかたがないようです。
同じ少数民族同士なので、将来にもつながるのでしょう。
なんとういういしい素敵なカップルでしょう。

彼は大学で法律を学んでいて法律家になると言いました。
ミャンマーではまだビジネスの契約などの意識も低く、これからの発展に大切な職業であるに違いありません。
「ミャンマーの将来は貴方たちにかかっているはね」
と言うと
これまでの恥ずかしそうな雰囲気から一変して
「イエス」
と力強く答えてくれました。

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カックー遺跡の天使の音楽と彼ら二人の姿は、この旅の中でも特に印象深く
私の心の中に残りました。
by shinn-lily | 2017-01-22 15:55 | ミャンマー | Trackback(1)