桜揺れる


毎週、前を通り過ぎる寺に、私をひき止めたのはこの枝垂れ桜

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枝垂れ桜は今が盛りと咲き誇っていましたが
風に吹かれて揺れる姿は優しく、楚々としていました。

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この先の病院に入院している友人に見せてあげたい・・・

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もう半年
ほとんどの時間をベッドで過ごしているのに
どんなに大変な時も
いつも誰にでも同じ態度です。
わがままを言っていいのに・・・

「どうか、少しでもよくなりますように」

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思わず本堂の前で手をあわせました。
# by shinn-lily | 2017-04-10 23:24 | 大切な場所 | Trackback

橋本治という行き方


「本」というものは、「他人の世界観を目の前にして、それを理解するために自身の世界観を修正する」というような、とんでもなくめんどくさいものである。「学ぼう」という意思、「自分はこれを学ばなければならない」と思う謙虚さがなければ「本を読む」ということは可能にならない。「本を読む」にはそういう厄介さが中心にある。

又、
「本なんか読まなくて大丈夫」と思う人達は、自分の中の「出来上がってしまった世界観」だけで、なんとかやっていける人達なのだ。そして現代ではそこから問題が生まれる。なにしろ、イラク戦争は、「異質な世界観のぶつかり合い」でしかないからだ。
 私は現在の問題の多くが、「異質な他人に対する想像力の欠如」を原因にしているとしか思えない。そういう意味で、「他人というテクストを読む」が出来にくくなっているのだがそれはつまり、「本をちゃんと読めない」と同じなのだ。だからこそ、「本は要る」のだ。

橋本治という行き方 橋本治 朝日新聞社寄り「本というもの」より

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なにしろこの本は難しい。2001年から2005年までに書かれた約40の文章が納められている。一編はエッセーの長さだが、個人的にはエッセーというくくり方をしたくない。教養について、批評についてに多くさかれている。
ふんふんふんと読んでいくと・・・もちろんすぐに理解できるわけではないのだが・・・最後の一言でガンーンとやられる。
つまり最後の瞬間に私の理解能力を超えてしまうのだ。
ならば読まなければよいのに、やめられない。

引用した文章「本というものは」は私にとって身近な題材だ。
何度か読み返してみた。
「本」というものは「異質な世界観と出喰わす衝撃」でもある。
とも書かれている。
私が本を読むのが好きなのはまさしくこの「異質な世界観と出喰わす衝撃」を求めているからだ。
しかし、こうも書かれている。
本を読むことがもっぱらに「楽しみ」である人達は、読むことが苦にならないものばかり読む。
とも書かれている。

いえいえ、橋本治様
引き続きご著書「橋本治という考え方」朝日新聞社刊を読んでいます。
これがまたまた難解なのですが目が離せないのです。
# by shinn-lily | 2017-04-02 15:15 | | Trackback

いずれ菖蒲か杜若  ふふふ


ひとりは
エメラルドグリーンの薄手のセーターに若草色のストール
オフホワイトのパンツ
バカラのペンダントに指輪
セーターとお揃いのバッグは友達からのプレントと

ひとりは
同じくエメラルドグリーンのオフタートル
グレーのロングのスカート
大振りのシルバーのバングル
華やかな顔立ちがいっそうひきたっている

ひとりは
黒のセーターに黒の大ぶりのガラスビーズが首もとにあしらわれて
黒のスプリングコートに黒のショルダー
おかっぱの可愛らしい顔立ちを黒でピシッとしめてりりしく映える

ひとりは
オレンジ系の赤のカーディガン、
ゴールドのチェーンに2つ、ダイヤとパールのペンダント
ピアスもプチパールが3粒
カーディガンと同色のバッグ
いつもの黒から脱却、明るい世界が目の前に

私は
白の厚手のサマーセーターに黒のパンツ
イスラエルの作家バドアミ作の黒紐にシルバーの大振りのネックレスにピアス
白のスプリングコート

女同士って夢中でおしゃべりしながらよく見ているものね。
合同クラス会ではすれちがうものの、こうしてゆっくりタウンミィテイングは何十年ぶり
すぐに、大学時代に戻ってしまう。
そう、一緒に合唱部にいて、笑ったり泣いたりした頃に。

東京駅のステーションホテルの「エノテカノボール」にて

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どんなおしゃべり?
それぞれこれまでの人生であまりにいろいろあって語りつくせるはずもない。
60代も半ばを超え、ある意味人生の結果がみえて、もうじたばたすまいという心境はみな同じ、
元気で、笑顔で会えた幸せをかみしめている。
# by shinn-lily | 2017-03-24 17:24 | 大切な時 | Trackback

笑顔でフィィト!


チンパンジーの研究家で、京都大学日本霊長類研究所、松沢哲郎教授の著書「想像する力」の中で人間とチンパンジーだけが、赤ちゃんの頃からよく笑うとある。

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特に人間の赤ちゃんは未熟で自立できない状況で生まれてくるので、笑顔でまわりを魅了し、まわりの人々から支援を引き出すという説が語られていた。
そう言われてみると赤ちゃんの笑顔に魅了されいくつもの手がさしのべられる。

赤ちゃんの笑顔だけではなく、人の笑顔、話し相手の笑顔はなんとも心地良いものだ。
笑顔になれるのは心掛けしだい、おまけにお金もかからない、
こんないいものはない。

時には、きついことを言いながら、口角をピツとあげて笑顔をつくるという小池都知事のようなやり方もある。
仕事場で主張すべきことは主張しなければならなくても、顔まで怒っていては主張の効能は半減してしまう。
「私は冷静にものを言っているのよ」と言葉の最後に笑顔をプラス
つくり笑といえ、気持ちに度量がなければ、なかなかむずかしい。

こうして笑顔礼賛とはいいつつ、実は最近稀勢の里関の笑顔のない顔にぞっこんだ。
勝っても「どうだ!」とでも言いたげな顔をするだけ
優勝を勝ち取るまで、勝負が続くのだから、緊張感と闘志が笑顔を抑えるこの世界、
1点取ってチーム全体で喜ぶサッカーや野球とは、同じスポーツといってもずいぶん違う。
例え勝っても喜びを抑えて敗者に慮る伝統、
たよるものは自分だけ、孤独な戦いに笑顔はご法度、
それなのに、やはり心の笑顔は、私たちにしっかりと届いてしまう。
にわか稀勢の里ファンになった。

今日は小学校の終業式だったか、
早めに学校から帰った子供たちが満面の笑顔で満開のこぶしが咲く公園の中を走りまわっていた。
いろいろなことがあっても、今年もそれぞれの人にまた春がやってきた。
ミモザが終わり、

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ぼけの花が満開になり

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スィトピーがぐんぐんのびて、もうすぐその笑顔を見せてくれそうだ。

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# by shinn-lily | 2017-03-22 23:11 | 大切な時 | Trackback

もう一度観ようかな、ラ・ラ・ランド


多くの方がすでにご覧になっているであろう「ラ・ラ・ランド」

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楽しかったわー。
燦々と降り注ぐカルフォルニアの太陽や、
苦しみながらも夢の実現に向かう若者たち、
皮肉な会話も粋に
往年の美人女優に比べれば大つくりの顔立ちのエマ・ストーンのエネルギーが元気よく伝わってくる。

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ライアン・ゴズリングのピアノも切なく、メロディーが頭に残る。

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かつて憧れたアメリカがそこにあり、
トランプ氏の言動で傷ついたアメリカが、私の心の中で復活した。
いろいろな国からやってきた人々が文化を作り上げてきた。
自由という空気の中で夢をおいながら。
「アメリカ」っていいな。理屈はなし。
ダンスも音楽も夢のアメリカに誘ってくれる。
冒頭の高速道路上の全員ダンスは、まさしくインド映画の中で全員が躍るシーンをパクった感じ、人間の心の中にある祭りが繰り広げられる。
肩がはらないで、楽しく・・・そうそう現実社会がシビアだからせめて見る物は気楽で楽しくね。

60年代にフジテレビで「テレビ名画座」というのを毎日やっていた。
3時~5時で、最初は毎日同じ映画を繰り返し、途中からは水曜日か木曜日に変わる二本立てになった。白黒だったし、主にヨーロッパ系の映画だったのだろう、、画面全体が暗かった。子供にはわけのわからないことも多かったけれど、なんとなくこの時間が楽しくて小学校から帰ると毎日見ていた。毎日同じなのに飽きなかった。
やがて、「マイフェアレディー」「ウエストサイド物語」「サウンドミュージック」などのミュージカル映画が劇場でつぎつぎと上映され、スクリーンが明るく美しくなって、うきうきした。
「ラ・ラ・ランド」はそんなうきうきした心が再びもどってきたような映画だった。

映画やドラマって、二度目に見ると最初に気づかなかったことに気づくことがある。
ああ、ここに伏線が貼られていたのだ、
ああ、ここでこんな風に言っていたのね
だから、もう一度見てみたいな。
もう一度、あの音楽を聴きたいな。

ところで、映画やドラマなら何度も見ることは可能だけど、人生は一度だから、
見落として生きていることって、多いのだろうな・・・怖い!



画像は「映画.com」からお借りしました。
# by shinn-lily | 2017-03-16 22:17 | 興味 | Trackback

アリラン峠の旅人たち


旅芸人、行商人、キーセン、巫女、白丁、鎮魂にたずさわる人々の末裔
細々とその技を残し、今も世の中の片隅に生きる人々を取材した雑誌「根の深い木」に連載された記事36編のうちから
相補版は13篇(内、3篇は続編から),

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続編は11編,合計21編が掲載されている。

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すなわち21の職種が紹介されているのだが、その多くは被差別の民であり、または大きな収入を得られるわけではない人々である。
そうした底辺の人々が朝鮮の文化を支えてきた。
私は、その誇りに接したくてこの本を手にとり、さらに続編まで手にいれることになった。

韓流ドラマの時代物の中でみる旅芸人、例えば人形芝居や綱渡りのシーンの背景にどのような生活は血のにじむ訓練があったか語られている。
その多くは生きていくためにその道に入る。

またキムチ甕つくり、鎮魂、巫女、白丁はその家に生まれ、そのまま生業とする。
世間から蔑まされたその生活の中に人々の強い姿を見る。
また一時は時代の流れからたくさんのお金を得ても、やがて近代化の波にのれず、置き去りにされる職人も多い。
近代化の波に乗らないことを誇りに思いながらも生活は苦しくなっていく。
いつの時代も安寧に生きることは、たやすいことではない。

紙漉きについての記事の中に私が愛する「全州」が紹介されていた。

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訪問したときから韓紙が有名と聞いていたので何枚かインテリア用、あるいはポチ袋を購入してきた。

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韓日交流センターにmeiさんには紙で作ったオレンジとブラックのハンカチームもいただいた。

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韓紙つくりの伝統が全州にあったのは、まわりの山で良いこうぞが採れたことと
全州川の清らかさにあったという。
川の流れを思い出しながら、ハンカチの手触りを楽しむ。

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紙とは思えない良い手触りである。

この本は1994年が初版であるから、技術伝承してきた年老いた人々が今どれほど残っているかしれない。
それでも無形の文化財は語り継がれ、民衆の心へ、
あるいは、民衆の音楽として今も演奏され
形のあるものは、残され、私たちがそのものが放つ感触に接することができる。
こうして生きてきた人々の誇りに国を超えて敬意を表したい。


増補 アリラン峠の旅人達 朝鮮民衆の世界  
   続アリラン峠の旅人達 朝鮮職人の世界

安宇植編訳 平凡社
# by shinn-lily | 2017-03-11 16:29 | | Trackback