<   2015年 03月 ( 7 )   > この月の画像一覧

金素雲著 三韓昔がたり

古い昔、朝鮮には新羅、高句麗、百済の三国にわかれていた。
この時代を三国時代という。
この時代を学生時代に世界史で習ったのか、日本史で習ったのか覚えていない。
任那日本府という言葉は日本史で習ったような気がする。
それはともかく,
たまたま手にとったのが、この子供向けの「三韓昔がたり」という歴史本であった。

b0116765_23291479.jpg


はしがきを紹介したい。
遠い路に旅立つものは、身支度に心をくばる。わすもののないように、先々で不自由をせぬように。
日本はいま、大東亜の先駆者としての、はるかな旅に上がろうとしている。苦しみや不便も、さだめし多いことであろう。それでも行き着いた日の楽しさを思えば、苦しみなど、もののかずではない。
今日の日本の子供ほど、おおくの艱難を背負はされた者はない。
今日の日本の子供ほど幸福に恵まれた者もいない。
わたしくしは、こころからの言葉で、きみたちにことづける。
しつかりと身支度をととのへて、この険しい旅を歩みにぬいてくれたまへ。そのためには、きみたちに知ってもらはねばならぬことが沢山ある。
『三韓むかしがたり』と名付けたこの本の中には、古い昔からの朝鮮にあった、さまざまな語りぐさが集められている。中略
「こんなにも違う」ということは、「こんなにも同じい」ということだ。縦にも横にも、わたしたちの心は、もつともつと、広がらねばならない。ひとりでも多くの人を理解しよう。古いことを通して、一つでも多く、新しい意味を学び取ろう。以下略


このはしがきに心打たれた。
子供たちにしっかりとしたメッセージを贈っている。
戦時下であるがゆえに、この国に帰属しなければ出版は不可能であった。
けれども、金素雲が目を向けていたのは子供たちは自分の母国の子供たちに違いない。
この本が出版されたのは戦時下の昭和17年、韓国は日本の統治下にあった。
金素雲氏は12歳のころ、釜山から伯母をたよって日本に渡り、苦学生として学び続けた。
21歳の時北原白秋に認められたのが、自ら採集してまとめた「朝鮮民謡集」である。
おいたちは自著の「天の涯に生くるとも」から読み取れる。

b0116765_23294446.jpg


しかし金素雲は一言では語れない人物である。
出版のためには強引に金を引き出さねばならない。
並みの人生では、物書きとして生きていくことはできなかったはずだ。
金素雲は日本人女性との間の子供とは2歳で別れている。
北原綴(ペンネーム)というこの息子の葛藤は「われらが他者なる韓国」四方田犬彦著の中で紹介されている。

b0116765_23302296.jpg


父に捨てられ、母の愛情を受けることが出来なかった北原綴は屈折した人生を送ることになる。
童話作家でもあった北原は後にベルギー宝石事件や偽札偽造、そして宝石商を殺す事件を起こし、無期懲役の身となった。
その時被害者に謝って歩いたのは再婚した夫とともに某大手石鹸会社の創業者であった実の母親であるという。
「恩讐の海峡 佐木隆三著より」

b0116765_23304797.jpg


母国の子供たちに、格調の高いメッセージを贈りながら、自分の子供はまともな人生がかなわなかった。
朝鮮と日本の間で揺れ動いた人々の心に分け入ることは、私たちにはできるはずはない。

『三韓昔がたり』から始まった金素雲をめぐる旅は
手元にあるこの三冊の作品に到着した。

b0116765_23313654.jpg


この三冊は金素雲の人生の結晶であるに違いない。
そこから受ける心だけで十分である。
私たち読者はこの結晶の中にそれ以上複雑な問題を持ち込む必要はないのだ。
by shinn-lily | 2015-03-31 23:38 | 韓国を考える | Trackback

春 門出を祝う

陽射しが強くなりました。
屋根上ガーデンは花盛り
b0116765_2136950.jpg

リスさんもオレンジを仲良くつついています。
b0116765_21361830.jpg

お庭は誰もいません。
b0116765_21362748.jpg

いえいえ、クリスマスローズさんたちがおしゃべりに夢中です。
b0116765_21364990.jpg

おやー、木にの枝にはランタンがいっぱい
今夜はパーテイでもあるのでしょうか。
b0116765_21371059.jpg

そういえば熊さんもさっきからお待ちかね。
b0116765_21374479.jpg



大学入学を控えた姪と、リリエンベルグでのひととき
b0116765_2138225.jpg

苺が挟まったナポレオンにシュークリーム
紅茶がいいかしら、コーヒーにする?
おばあちゃまが待っているわ、さあ急ぎましょう~

夢を語る姪の眼差しに「幸多かれ」と、わたしはそっと天使にお願いしたのです。



ウィーン菓子工房リリエンベルグ
 〒215-0021
 神奈川県川崎市麻生区上麻生4-18-17
 TEL 044-966-7511  FAX 044-954-0115
 定休日 第1,3月曜日、毎週火曜日
 営業時間 10:00amから6:00pm
by shinn-lily | 2015-03-26 22:00 | 大切な時 | Trackback

チュニジアの美しさを見て欲しい

なにを書いてよいかわからない。
2010年にただ一度訪れたチュニジアはまだ「アラブの春」前であった。
当時ベンアリ政権下で、旅行者の目には落ち着いた国のように見えた。
しかし思い返してみれば、男性が街で所在なく過ごしている姿も多かった。

b0116765_16593595.jpg


北アフリカチュニジアの首都チュニス、バルドー美術館で起きた無差別テロに
憤りを覚えている。
亡くなられた方や怪我をなさった方には言葉もない。
バルドー美術館はそれほどヨーロッパや日本の博物館に比べて、それほど大きな建物ではない。逃げ込む場所も少ない。
そこにいらした人々がどれほどの恐怖であったかと思いやられる。

b0116765_1714540.jpg


b0116765_1721956.jpg


さらに
テロリストはやっと新しい国が歩み始めたこの国に大きな岩石を投げ入れた。
これで多くの観光客の足がまた遠退いてしまう。
エジプト、トルコについて多くの遺産を持った国へ、韓国客が訪れ難くなった。
どんな言葉をつくしても、怒りと悲しみは表現できない。

今私の出来ることはと旅の写真をくくりながら考えたが
せめて、その国の本当の美しさをほんの一部でも紹介するしか思いつかない。

b0116765_1743876.jpg


b0116765_1753148.jpg


b0116765_176471.jpg


b0116765_1762751.jpg


b0116765_177740.jpg


b0116765_1781936.jpg



テロは人の命と心と生活とそして未来を奪ってゆく。
by shinn-lily | 2015-03-21 17:14 | チュニジア | Trackback

「タイ屈な日々」だより

タイに知り合いがいる。
一度しかお会いしたことがないのだが、なんとなくつながっているのが嬉しい。
メールでタイの通信を送ってくださるのが、繋がりの糸である。
しばらく途切れていて寂しい想いをしていたところに、この春再スタート。
嬉しいことじゃないですか。糸がほころびかけていたのに、またピーンと張ったみたい。

題して「タイ屈の日々」
もともと編集のお仕事に携わっている方だから、通信にもセンスが溢れている。
仕事にぐたぐたわずかな脳みそを駆使している時、こんな写真が飛び込んできたら
おおきな溜息をつくしかない。
さあ、穴倉から出よう~

b0116765_8175560.jpg


人間に戻ろう~

ししかも、タイの人はこんなこともするらしい
by shinn-lily | 2015-03-18 19:17 | 興味 | Trackback

春一片


「ちょっと寄ります。」
「はいはい、お昼に来るなら軽く用意しておきますよ」

ちょこっと作るつもりだったのですが、

寿司めし7合、海苔10枚、
玉子焼き、干瓢、でんぶ、キュウリ、中トロ、長ネギ
おいなりさんも16ケ

さあ、召し上がれ~♪

b0116765_22592696.jpg


でも、明日の私のお弁当分だけは残しておいてね。
by shinn-lily | 2015-03-15 23:05 | クッキング | Trackback

帚木蓬生著 「三たびの海峡」

記憶している最後の炭鉱落盤事故は、約30年前である。
子供の頃から落盤事故で多くの死傷者を出すたびに、緊急ニュースが入ったのを記憶しているが、その記憶も次第に薄れている。
しかし思わぬところで、ふたたび炭鉱の過酷な生活を知ることになった。

whiteさんからお借りした帚木蓬生の作品「三たびの海峡」である。

b0116765_14121218.jpg


主人公は昭和18年に当時の朝鮮から強制連行され、九州の炭鉱で人間の尊厳を踏みつけられ肉体的にも精神的にも地獄の生活をおくる。
日本が敗戦した。命からがら朝鮮にもどる。
釜山で実業家として成功した主人公が半世紀を経て三度目に海峡を渡り、かつて働かされた炭鉱を訪れる。
そして・・・。
帚木氏の作品はぐいぐいと読み手をひっぱり込むのであっと言う間に読み終えてしまった。

私のなかで「韓国」はテーマになっている国だ。
飛鳥の都の風情が韓国の慶州と似ているという。
日本の中に韓国から伝来した文化をたくさんみつけることができる。

b0116765_1436282.jpg


民族は韓国の血であるよりも南方からと言われているが、それでも顔は本当によく似ている。
しかし、気質は違う。
気質は違うが情に共通ななにかを感じる。

b0116765_14163585.jpg


歴史的観点から、あるいは韓国の小説から、またハングルを学ぶことによってそのリズムや文化の背景を感じ、さらにはかの地を訪れ、空気を感じ、人々と接することは、今一番の楽しみなのである。

b0116765_14234013.jpg


けれども史跡を歩けば、「豊臣秀吉軍によって焼失」などという説明書きをしばしば見ることになる。

b0116765_14412792.jpg


秀吉から日韓併合までの問題が今も日韓関係をぎくしゃくとさせている。
植民地時代の圧政、慰安婦問題などいつかは避けて通れないとおもいながら不意にここでこの問題に触れることとなった。

植民地時代の日本の政策を知りたくて、資料集や当時の生活を書いた小説も読んでみたこともある。。
しかし、翻訳されているものが日本を意識してセレクトされているせいか、これほど厳しく書かれたものにはこれまで出会わなかった。
ところが日本人作家の手により「反日」の形で書かれものが不意に目の前に現れたのは、ある意味、衝撃的であった。
まだ貧しかった日本、それにもまして貧しかった朝鮮を背景に負の歯車が回りだした時、たくさんの人間が自分を失い判断すらできずに人生が狂いだす。
そして人間としての尊厳をたたきのめしたのは、日本人だけではなく同胞も多かったところに悲しみは増している。
一方この小説が希望につながっていくのは、そんな中で主人公がつらぬいた信念と貧しく厳しい生活の中でも暖かさを持って生きぬいた人々の姿なのだ。

b0116765_1438273.jpg



日本人だからではなく、朝鮮人だからでもなく、人間としてどう生きていくか、さらに目をそむけたくなる現実を風化させずに残そうとした作者の気持ちが鮮やかに書かれた、心がゆさぶられる小説であった。


帚木蓬生著 「三たびの海峡」 新潮文庫
by shinn-lily | 2015-03-08 14:47 | | Trackback

ごめん!

期待して待って

b0116765_10145445.jpg


あどけない顔に

b0116765_1015255.jpg


ごめん!

b0116765_10154088.jpg


娘は小さい頃、読み聞かせが嫌いだった。
読めないうちから自分で読むと私の手から本をうばったけれど
たったひとつだけ好きなし話があった。
これだけは何度も読まされた。

蟹のお母さんが子供に言いました。
「どうしておまえはまっすぐ歩けないの。お母さんの歩き方をちゃんと見て歩きなさい。」
そして、お母さんは子供の前で歩いて見せました。
けれども、お母さんもやっぱり横に歩きました。



娘はどうしてこの話しがすきだったのかしら。


福井まで行けないので、直営のこちらのお店で
東京 南青山 望洋樓
by shinn-lily | 2015-03-01 10:13 | お店 | Trackback