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自家製ジンジャエール


わが家で今年の夏のヒット
新生姜を使ってジンジャーエール

新生姜をよく洗って、千六本に切り
鍋にいれて水と砂糖で煮込んで、生姜シロップを作ります。
生姜も食べますから、食べやすい程度の堅さまで煮込みます。

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ソーダーでシロップをわるだけです。
時には焼酎を少し入れて楽しみます。
自己流なのですが、これはなかなかです。

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実は、甘酢生姜を作る時、茹でこぼしのお湯に砂糖をいれて煮詰め
ソーダでわったところ、これがなんとも言えず美味しかったので、わざわざ作るようになりました。
生姜の味がぴりりと効いて、カナダドライには負けません。

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新生姜は甘酢漬けは私が担当
紅生姜作りは母が上手です。
おまけに、茗荷の甘酢漬けもつくりました。

新生姜もそろそろ終わりですね。
今年、最後の仕込になるかもしれません。
by shinn-lily | 2014-08-29 00:16 | クッキング | Trackback

夏の終わりの告白


家でお掃除しているところは書かなくても、友人との楽しいランチは記事にします。
毎日仕事疲れきっていることは書かなくても、旅で楽しんでいる様子は記事にします。
心密かに悩んでいることは書かなくても、家族との楽しい団らんの食卓風景は記事にします。
ちょっとした小間物をupしようとすると、家の中の雑多なしつらえが見えないように、接写写真ばかりになります。
お料理の失敗写真は載せなくても、できばえの良いものはupしたくなります。
苦しい思い、病気、悩みなどは記事に出来る方と出来ない方がいるように思いますが、
わたしの場合は後者です。
あんな本、こんな本を読んだ、読んだというのは読了感を忘れないために。
ですから、記事だけを見ていると、毎日楽しく、優雅に暮らしているように見えるかもしれないなと。。。。。
それがブログというものですね。
こうなったらブログは一人歩きを始めます。
イメージだけの一人歩きです。

2007年に始めたブログ、最初は書くことが楽しくて、身の回りのことをなんでもupしていました。
ですから、過去の記事を読むのは恥ずかしくてたまりません。
今は、自分の記録が中心となりました。
旅の記録、読書の記録、外出の記録、その他気持ちの記録
日記でもよさそうなのに、やはり人様に読んでいただけたらという気持ちもあります。
これまでupした記事が652件
人間というのはつくづく表現したい動物なのだと考えます。
私だけではなく、本当にたくさんの方々が素敵な表現、発信をなさっています。

昨年までは多くの方と楽しくコメントのやりとりをさせていただき、そこからお友達になっていただいた方もたくさんいます。
今は、レスをする時間を考えると、upができなくなるので、コメント欄をずっと閉じたままで失礼しています。
それぞれブログに対するお考えはお持ちでしょうが、私の場合、過去の思い出の文章は1割までに留めようと思っています。
何故なら、書き出したら永遠に書いていけそうで、もしそうなれば、どっぷりと過去にひたってしまいそうだからです。
「気持ちを前に、もう少し前に」ブログも人生もそんな風にしていきたいと思っています。

いつも仕事に追われ、ばたばたと落ち着きなく、
短気でせっかちでおっちょこちょい
とりえは好奇心旺盛
これが実は本当のワタシです。

夏の終わりにちょっとだけ、告白したくなってしまいました。
by shinn-lily | 2014-08-27 18:43 | 大切な場所 | Trackback

舞踏家 崔承喜(チェスンヒ)



前述のアレン・アイルランド著「THE NEW KOREA」の裏表紙に一人の女性の写真が載っている。

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六月のソウル旅で宿泊したウェスティンホテル朝鮮での優雅な一コマだ。
まだ朝鮮ホテルとして開業したばかりの頃だ。
この女性は崔承喜(チェスンヒ)という朝鮮だけではなく、日本やヨーロッパで活躍したダンサーだという。

彼女の印象が強く残っていたところ
詩人茨木のり子の「ハングルへの旅」で、たまたまこの崔承喜(チェスンヒ)について知ることになった。

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この女性はもともとは両班の家に生まれで、日本の舞踏家石井莫に認められ門下生となったそうだ。
前衛的なダンスは大胆であり、また韓国伝統の舞の振りのエッセンスを取り入れた舞は可愛らしくて朝鮮だけではなく敗戦近い頃に日本の帝劇で20日間の公演をし、美しさに飢えていた人々を魅了したという。
以下「ハングルへの旅」から文章を転載する。

崔承喜が十六歳で石井莫の門下生となった直後、大正天皇の崩御があり、その葬列を見送る時、彼女は後ろむきにお辞儀したというエピソードがあった。・・・『崔承喜』(高島雄三郎著)という本を読んでそれが事実と知ったのである。彼女は、「私たちの国をいじめるところの一番偉い方でしょう、天皇さんを拝む気持ちにはどうしてもなれません」とはっきり言っていた。十六歳で、と改めて思う。
しかも、悲しいことに、1945年以降は、新日芸術家として、祖国でも苦難の道をあゆむことになる。はじめソウルに戻ったのだが、やがて夫、娘と共に北朝鮮へ脱出、現在は(1989年現在)朝鮮民主主義共和国で後進の指導に当たっているという。
戦後、崔承喜は静粛されたとか、朝鮮戦争で死んだとか、実に勝手なデマが飛びかったが、1956年平壌に文化使節団の一人として行った尾崎宏次氏が、その元気な姿に接して、会見にまとめている。
それ以後、また消息は途絶えてしまった。


一人の舞踏家の人生は木の葉のように国と国の思惑によって翻弄された。
それは崔承喜だけではなく
当然、国民のひとりひとりに国によって翻弄される生活があった。
日本人も、朝鮮人も、
そして今も世界のあちらこちらに戦いによって生活の場を失くしている人々がいる。
by shinn-lily | 2014-08-24 22:59 | 韓国を考える | Trackback

アレン・アイルランド著「THE NEW KOREA」から日韓併合を探る

李王朝末期、清やロシアが韓国を我が物にしようと企んで忍び寄った時
日本はいずれそれらの国々は日本にも忍びよってくることは必然として、それをくい止めるために日清戦争を開戦したという。
日進戦争に勝利した結果、日本は1910年韓国を併合した。
李王朝末期の様子は英国人旅行家イザベラバードの「朝鮮紀行」によく描かれていることは、前にも書いたとおりだ。
では併合後、日本がどのような政策をもって韓国を統治したか
その様子は同じく英国人学者アレン・アイルランドによって書かれた「THE NEW KOREA」に丁寧に記載されている。

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副題、「朝鮮(コリア)が劇的に豊かになった時代(とき)」がその内容を総括しているように思える。
昭和元年に出版されたこの本は翻訳されて昨年日本で出版された。
アイルランド氏は冷静に、どちらの側に立つこともなく当時の日本の政策について記述してゆく。
今、この本が出版されたことの意味も考える。
日本人も特に韓国人も著者と同じ姿勢にたって、冷静に日韓関係を見ることは無駄なことではない。

興味深いポイントは
日本の韓国併合が他の諸国がアジアを植民地化してゆくことと明らかな相違があるという。
「ある文明化された民族がもう1つの文明化された民族を統治したという稀な光景を見せてくれる」
韓国は当時李王朝の政策のまずさから衰退していたとはいえ、れっきとした文化を持っている。
古代より、韓国は日本文化に大きな貢献をしてきたことは事実である。
日本が台湾を統治したのとは全く違うのだ。
台湾の統治は新しいものを作りあげることから始まったが、韓国はこれまでの悪政をただすことから始め、さらに文化、技術を導入にして国民全体の生活水準をあげようとしたのだ。
日本はそのために莫大な費用と人材を投入し、そこからの利益を搾取するというよりは、日本の一部として本土と同じような水準に引き上げようとした様子が資料からしっかりと読み取れる。

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          本書636ページより1892年の漢城(ソウル)南大門と日本統治後の京城(ソウル)南大門

特に第三代朝鮮総督斉藤実について、著者の評価は高い。
公明正大で寛容の気持ちを持ち朝鮮を統治し、教育、地方自治に惜しみなく力を注ぎ、日本人と朝鮮人の友好を協力の精神をつくりあげようと尽力したとされる。
後に内閣総理大臣となり、その後二二六事件で暗殺された斉藤実は、空の上から今の日韓関係をどのように見ているのだろう。

斉藤実だけではなく多くの日本人の努力があった。
インフラが整備され、教育制度、警察・裁判制度など、次々と法治国家としての体制を整えていった。
この時代に両班に暴利をむさぼられていた朝鮮の人々の暮らしは、やっと豊かさにむかって、歩き始めたのである。

アイルランドの著書からみれば、日本は素晴らしい植民地政策をなしとげたとことがわかる。ある意味、日本政府の方針に感銘した。
しかし読み終えた後、そこに朝鮮人の心は読みとれなかった。
朝鮮文化の排除と日本文化のおしつけ
つまり日本語による教育の強化など、国民がその時、何を感じ、どのような気持ちで暮らしていたのかは、この本から読み取ることができないのだ。
この本はあくまでも、日本の政策の記録である。

改革への尽力は事実としてとらえるのがよいと思う。
しかし当然国益のための政策であるから、よかれと思ってやったことが、韓国の人々にとっては違和感、反感も多数あったはずだ。
その反感は現在の韓国政府の意図したとおり、反日につながっているのだろう。

物事はいろいろな方向からみるのがよい。
その時韓国の人々がどんな思いで生きていたか、またべつの角度から探ってみようと思っている。

発行:桜の花出版 / 販売:星雲社
by shinn-lily | 2014-08-21 10:27 | 韓国を考える | Trackback

ゴーヤ19本で佃煮完成

「ゴーヤ、どこかでくれないかしら?
この間のゴーヤの佃煮、また作りたいのだけど・・・」と母がつぶやきます。
いえ、買えばいいということはわかっているのですが、いつもいただき慣れてしまって
ゴーヤを買ったことはありません。

とそこに・・・・なんという良いタイミング!
「ゴーヤがたくさんあるのだけど、配ってもらえる人、いないかなぁ?
先週は一籠、山に捨てのだけど」と
いつも娘のようにかわいがって下さる、会社のご近所の方から電話がありました。
なんともったいない!

「欲しいです、欲しいです、佃煮にしますから」

いただきました。
たくさんいただきました。
33本!
同僚に少しだけ分けて(けちです)、19本で佃煮を作ります。
まず半分に切って
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ワタを掻き出して、
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5ミリくらいの輪切りにします。
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一度お湯で茹でて、水洗いします。
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母と二人の協同作業もここまで、後の味付けは母にお任せです。

お鍋に調味料をいれます。
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砂糖(我が家では三温糖をつかいます。)
醤油、
酒、
かつおだしと昆布だし(顆粒)
ポイントは
お酢を少し・・・あとで酸っぱくなることはありません・・・うまみが出ます。
煮たたせて、茹でたゴーヤを入れて、水を鍋三分目目ほどたして

あとはことこと煮るだけです。1時間半くらいかな~。
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お味と水加減を途中で味見しながら好みのお味に。
甘目につくると、ゴーヤのほのかな苦みとよくあいます。
形が崩れる手前まで。
出来上がりは元の量の三分の一程度、
水分を全部とばします。
最後は焦げないように注意して
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さあ、召し上がれ。
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夏の大好きな常備菜です。

5本だけ残しておいたゴーヤは酢の物にしていただきましょう。
チャンプルも一度くらいつくりましょうか?

今年の夏は野菜をたくさん、それも同時期にいただきました。
福井から、岩手から、長野から、群馬から、そして娘が長野からお土産に
野菜ばかり食べて、最近山羊になった気分ですが
お野菜からたくさんのエネルギーをいただいて、
残暑にもめげずに、元気いっぱいです。



8月もあと2週間、皆様もご自愛くださいね。
by shinn-lily | 2014-08-18 22:25 | クッキング | Trackback

韓国の小説を読んでみた

いろいろな角度から韓国を考えてみる。
小説を読んでみた。
現代韓国女性作家短編集は1960年生まれから1971年生まれの女性が書いた短編集である。

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実際この年代の日本の女性作家の作品をそれほど読んだことがない。
よしもとばななさんや角田光代さん、江國香織さんなどがその年代にあたるのだろうか。
代表作を読んだ程度である。
初めは日本と韓国の比較をなにか見つけようという気持ちがあったように思える。
しかし、それがいかに意味のないことか、すぐに気付いた。
心を空にして読んで、小説を楽しめば良いのだ。
いえ、逆かもしれない。読み進めるうちに、国と国との比較などとっくに忘れていたのだから。
韓流ドラマを見ているせいで、背景はうかぶ。日本と違う習慣かなりインプットされているせいか、違和感はなおのことない。


次に韓江(ハン・ガン)著「菜食主義者」を手にとった。日本でいう直木賞にあたる李箱(イサン)文学賞を受賞した作品である。

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たいしてとりえがなく、平凡な女、少なくとも外からはそう見えた一人の女が壊れていく過程でまわりの人間、夫、両親、妹の夫、そして妹を嵐のような風に巻き込んでいく。
そして最後は木になりたいと言い張る。
それぞれの底に隠れていた心がその嵐によって露わになってゆく。
不思議な読後感であり、面白かった。


そして「山のある家 井戸のある家」は津島佑子さんと申京淑(シンギョンスク)さんのソウル東京間の往復書簡である。

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研ぎ澄まされた言葉により表現されるソウルと東京の季節の移ろい、そして心を次第に柔らかにして寄り添い語り合う家族への想い、仕事への想いは、読者に気が付けば穏やかな小川に足をつけている気持ちにさせる。
それはけっしてイムジン河ではないのだ。玄界灘でもないのだ。
津島佑子さんの言葉の美しさを感じるたびに申京淑さんの言葉を原文で読めたらなぁとうらめしく感じた。
もっともこのお二人もきむ・ふなさんの翻訳で手紙を読み、書いている。
申京淑さんは原語で読んで言葉の不自由さにとらわれながら理解するより、翻訳したものを読みこんだ方が、理解が深まるというようなことを書かれていた。
なるほどと思いながらも、原語で読んだらどんな響きになるだろうとやはり心にひっかかった

この3冊を読んでつくづく良かったと思う。
韓国を評論本から理解するのではなくて、人を知る方がよほど楽しい。
日本人から見た韓国人ではない。人間からみた人間は国の違いは問題ではないから。
by shinn-lily | 2014-08-14 23:54 | 韓国を考える | Trackback

今年こそお会いしましょう



忙しい時に限って、嬉しい約束が重なります。
少しでも早く仕事場を飛び出そうと思ったのに、なかなかうまくはいきません。
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       やっと玉堤通りまで来たのに、ここでも、車が渋滞です。
       「少し遅れそうです。ごめんなさい!」とメールします。
                気持ちが焦ります。


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            前に会ったのはいつだったか?3年前?
    学生時代は3人でよくOちゃんの伊豆のリゾートマンションで遊んだわ。
     子供を連れてもよくお邪魔したし、たくさんの時間を共有しました。
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       それなのに、なかなか会う機会がなく
    年賀状に「今年こそ会いましょう。」って,毎年書いてくるので
   今年の私の年賀状
       「本当にあいたい?」って書いたら、
たくらみ成功
       「会いたいです、会いたいです」と返事をいただきました。
            

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会えなかった3年間、
学生時代、いつも良くしてくださった0ちゃんのお母様がなくなり
Oちゃんもつらい病気と治療をしてました。
Sちゃんのお嬢様はイギリスの方と結婚して、リバプールで幸せに暮らしているそうです。

Oちゃんはこの秋からご主人のお仕事で1年弱のイギリス滞在
Sちゃんも秋にお嬢様に会いにイギリスに
そして、私は仕事に頑張ります

なかなか会えないのにはそれなりの理由があって
でも会えば、時間の長さはあってないようなもの。

いつも思慮深いSちゃんは、散歩をしながら、
「これまで、これでよかったのかな?」
とよく考えるといいます。
Oちゃんと私、
「これでよかったに決まっているじゃない」と。
結果はどうあれ、その時その時精一杯生きてきました。
「過去を悔いても仕方がないし、未来を心配してもきりがない。
今を大切に生活をしましょう」とみんなでうなずいて別れました。

さあ、Oちゃんがイギリスから帰ってきたら
みんな元気で再開できるように体だけはきをつけましょうね。
十代を一緒に過ごした私たちも、健康を一番に考える年齢になりましたから。






by shinn-lily | 2014-08-10 11:20 | 大切な時 | Trackback

挨拶がいらない友達とイタリアンで旅の打ち上げ


西荻窪の改札口を出ると、こういう場所が東京にあることを知った。
お酒はあまり飲めないけれど、こういう雰囲気の場所は嫌いではない。
これから集うであろう人々を待つ瞬間のこの場所はなかなか魅力的だ。

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ここを通りすぎるとこじんまりとしたイタリアンレストランに着いた。

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ソウル旅の友と旅納め
「shinn-lilyちゃんとE子のうちから少し遠いけれど、一度食べてもらいたくて」と連れてきてくれたのはK子。
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このレストランはK子のイタリアン料理教室の先生のお店なのだ。

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はい、ソウルのアルバム
ソウル、楽しかったわね。
「今ね、石焼ビビンバに凝っていて・・・ほら、空港で食べたビビンバ美味しかったわよね」とK子
「そうそう、空港なのにチゲも今回の旅で一番美味しかったしね。」と私。
「だあれ、ソウル行きに抵抗していたのに、一番染まっているじゃない。」とE子

「はい、木の実のドレッシングと甘辛味噌作ってきたわよ」
「K子、いつも本当に有難う。
母が好きなのよね、この木の実のドレッシング。喜ぶわ~」
「そうそう、まつ毛美容液、はい、刷毛も入れておいたから、このくらいの量でね
えっ、どこに塗るの?まつ毛じゃなくて目の際ね。」いつも面倒見が良いK子にこれからの人生を私たちはたくしているのだ。
「お任せください」と言質ももらっている・・・なんとも頼もしい。


私、昔shinn-lilyちゃんに言われたことずーっと忘れないのとE子
ドキ、若かったからなにを言っていたか・・・
「E子は華やかだから地味な服を着たらもったいない」って
「それ以来、華やかな感じを心がけているのよね」
「そんなこと言った?全然覚えていないわ」
それにしても、よかった、変なこと言っていなかった。しかも真実。
私もE子が言ったこと覚えているわよ。
「大きな家より温かい家が必用なのよね」と。
「えー、そんなこと言った?」
それぞれ、自分の言ったことって忘れるのだぁ~

私たちにはお互いにお互いを思いやりながらつらい日々も楽しい日々もあった。
心の内までずかずかとはいらないけれど、たくさんの年月を共有した友人だ。


ああ、ここのイタリアンは重くない、自己主張していない、
楚々として美しい女性のようなイタリアンだ、

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とめどもなく、おしゃべりが続き、食べ続ける。

そして
わたしも、誰かをこのレストランに連れてきてあげたい・・・と思いながらホームで手を振って別れた。
又ね~


osteria-adagio
〒167-0053
東京都杉並区西荻南3-12-1
日伸西荻プラザ1階
(JR中央線西荻窪駅 南口徒歩1分)
03-5941-3484
by shinn-lily | 2014-08-03 00:16 | お店 | Trackback