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売る人と買う人 チュニジア5

時々、禁断症状になることがある。
初めはその国に慣れないし、ものの相場がわからないから、我慢しているが、少し慣れると「買い物をしたーい」と叫びたくなる。恥ずかしながら、買い物大好き人間だ。

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チュニスの町、メディナ(旧市街)に向かって歩いてゆくとフランス門がある。
この門は旧市街の入り口のランドマークだ。
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メディナの中はスーク(市場)となっていて、中が複雑に入り組んでいて、その細い路の両側はほとんどお店となっている。
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いってみれば、フランス門は浅草の雷門であり、中に延々と続くのは仲見世通り、そう考えればこのあたりに、売っているものは、あの浅草で売っている、日本人なら絶対に着て歩くことが出来ない、ペラペラとした化繊の着物であり、安すっぽい置物に相当するはずだ。余分なものは買うまいと、心は強く、が…。
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狭い路を歩くと、「チャイナ?ジャポン」「ニンハオ、こんにちは」
日本人とわかると「ナカタ」「さかな」「みるだけ」「ミルダケ、タダ」とひっきりなしに声がかかる。この声を振り切るのには、かなりの体力・気力が必要だ。
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しかし、ふりきってばかりもいられない。ちょっと欲しいものがあれば、値段を聞かねばならない。しかも、その言い値で買うのは、鼻で笑われていることになるから、本当に欲しければ真剣勝負だ。
「言い値の半分を」とガイドブックには書いてあった。

めでたく商談が成立して、たいていの場合は高く買わされて、「ま、旅の税金」とお楽しみ代とあきらめることになる。「今日さ、ちょろい日本人のおばさんが来てさ、このお皿を2デイナール(約180円)で買ったよ、アハハ」と話しているかどうか…。

何度かの攻防戦の後、コツがのめてくる。どうもこちらが欲しくないものほど、値引きをしてくる、どうせ、他の店にもあるから、心の底からあっさりと振り切ると、「いくら?いくら?」と追いかけてくる。どんなに欲しくても演技力がものをいう。こうなれば、ものの価値は自分の必要度、欲しさで決まる。この値段なら買ってもいいと思う値段を考えればよいのだが、そこに少しでも安くと欲が出るから、けっこう厄介だ。

支払いを済ませ、ノーサイド、
「お店の写真をとっていい?」って身振りで聞くと、どこも「OK!OK!」と本人もお店の真中に機嫌よく立つ。
人によっては、仲間を呼んできて、シャッターをおさせ、私と一緒に写真に収まる。そこまで、頼んでないじゃない。

エッセンシャルオイルとアルガンオイルを購入
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皮のスリッパを購入、なんにも言わないのにキーホルダーをおまけにくれた
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鳥かごを購入、このおじさん、代金と別に2ユーロを自分のビールのためにちょうだい、と英語で必死に頼む、ノーって断ったけど、そのくらいあげとけば、このおじさんの幸せな1日になったなあ、と帰国してから悔やんだ、それでも楽しげに写真撮影
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この鳥かご、鳥はかえません。スーツケースで少しつぶれ気味
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それにしても
その機嫌の良い顔をみるたびに、よっぽど儲けさせてあげたのか、あるいは、この国の人々が根っから、人が良いのか、いまだに、不明である。

交渉の腕を発揮した買い物は
by shinn-lily | 2010-05-31 23:04 | チュニジア | Trackback | Comments(20)

喰わず嫌い

父はやりたいことは、なんでもやらせてくれた。
行きたいところにも、どんどん連れていってくれたし、行かせてくれた。
ところが、そろばんを習いたいという私の希望は即座に却下した。
理由はいずれ電卓が世の中にたくさん出回るから、そろばんは必要なくなると。
昭和35年頃、高度成長期のさなかであった。
父は技術屋である。技術者というより、このような言い方を好んだ。
はたして、私が初めて社会に出た時、計算機は…あった!事務所のそれは昔のタイプライターくらいの大きさで、ヨイショと机の上に運んで使った。
そこで父は自分の言葉に責任をとったのか、文庫本より一回り大きな最新型の電卓を買ってくれた。
確か、2万4000円くらい、当時のお給料が5万2000円だった頃の話。
その頃から、電卓がどんどん出回って、どんどん安く、小さくなっていった。
計算のことだけ考えれば父の言ったことは10年先のことを予見していた。
時代の先が読める…今、例えば、父が元気で技術開発の最前線にいたとしたら、
10年後をどのように予見するのだろう。聞いてみたい。

私は、この世の中の10年後を今、予見できない。それどころか、1年先も半年先も。
ただひたすら、生きている。少しだけ、時代に乗り遅れないように、いろいろな事象にしがみつきながら。
それは、このブログであったり、デジタル機器であったり…。
もうひとつ、最近気になるものがある。
日ごとに増殖していく。
そういうことは、時間をわずらわせられて嫌いだ。いや、多分嫌いだ。
やってみていないから、本当に嫌いなのか、正確には言えるはずがない。
ならば、喰わず嫌いは返上せねばならない。




twitterを始めました。

Special thanks
by shinn-lily | 2010-05-25 21:30 | 興味 | Trackback | Comments(32)

国際親善相勤めまして候  チュニジア4

生まれて初めて食べるトマトがとっても美味しかったら、後から食べるトマトがちょっとくらいまずくても、トマトを嫌いにならないでしょう?
生まれて初めて会う日本人が変な日本人だったら、後から会う日本人がとてもいい人であっても、疑心暗鬼になるかもしれない。

そういうわけで、多分、子供たちにとって初めての日本人である私たち、ここはひとつ、それなりの日本人をみせなければというわけで、

それはチュニスからタクシーで20分ほどの距離にあるバルドー博物館での出来事。
ここは、オスマン帝国時代に統治していた地方長官の宮殿でイスラム文化、オスマントルコの文化を見ることが出来る。
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モザイクは特に独特の色合いと素朴な図柄が心にとまります。
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おりしも、バスに分乗してやってきた子供たちの列と一緒になりまして、
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それほどおおきくない博物館のこと、もう子供たちの中を掻き分けて、見学をするはめに。
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でも、みんな可愛いの…・すれ違う子、すれ違う子「ニンハウ」って挨拶してくるのですよ。「最初は、ジャポン」なんて言っていたのですが、知らない間に「ニンハウ」って答えていました(笑)
アフリカは全体的に早くから中国の援助・開発が進んでいたせいか、どこにいっても「ニンハウ」と声をかけられることが多くて…いや、中国が世界を牛耳る日も遠くない? 
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まあ、ともかく私たちの存在は恐れ多くも、ヴイーナス像と同じくらい興味があるらしく、子供たちの視線に精一杯の笑顔で答えておりました。
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するとある親子連れのお父さん、この子と一緒に写真をと丁寧に頼まれました
頼んできたのは、このお父さん

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「えーーー、写真に写るの?」一瞬ひるんだのですが、頭の中は国際親善、
「オッケー」なんていい顔しちゃって、はい1枚

そうこうして博物館を出て、売店に椅子を置いたようなカフェもどきでコーヒを飲んでいると、その隣のトイレにやってきた子供たちで、カフェの中がいっぱいになってしまいました。私たちの一挙手一同を見つめます。
今度は妹が写真を所望されました。
やがてカフェのオーナーが子供たちを外に出し、入り口を自分の体でふさぎました。
それでも外から子供たちの目が

それにしてもなにがそんなに珍しい?
ぺっちゃんこな顔?
黒い髪?
服装?
持ち物?
フランス語が話せれば聞いてみたい!
私たちの顔写真を見て、なんてみんなで話しているのだろ?
「今日ね、なんか面白い人見たんだよ……」
次に続く言葉は想像だにつかない。
チュニジアには日本観光客がけっこう行っているのに、そんなに珍しいのかなぁ?

でも本当は国際親善を勤めてくれたのは、子供たちであって
その笑顔の贈り物、好奇心で輝く澄んだ目こそ、国際親善、さらに人と人のつながり、国と国への理解に将来繋がるものだと確信しています。
みんな、ありがとう。チュニジアの人々の優しさは、一番のお土産だったから。
by shinn-lily | 2010-05-20 17:55 | チュニジア | Trackback | Comments(20)

今日、静かな日

ジョン・アーヴィングの「ホテルニューハンプシャー」が面白かったので、引き続き「ガープの世界」(新潮文庫)を読んでいました。
上下二巻なので、その間、他の本も読みながら、今日よみおえました。
ジョン・アーヴィングの自伝的小説と言われるこの作品の主人公ガープは、33歳で暗殺されます。
ガープとその周りの人々のその後の生涯を綴り、この作品は終わりました。
人間は悩み、苦しみ、また喜びながら日々を重ね、それは言葉には言い尽くせぬ、重いものであるはずですが、悲劇的な内容でありながら悲劇的な感情におぼれず、こうして人生を終えていくのだとなにか気持ちが軽くもなる内容でした。
そんなこともあるのでしょうか。
今日、マラーの交響曲第5番第4楽章が心にとまりました。
何故心にとまったか・・・私のお葬式にはこの音楽を流してもらおうと思ったのです。
それで、1日にここの部分だけ、何度も何度も聴いて、・・・この音楽と一緒だったら、気持ち安らかにこの世界をお別れができそうだと、気持ちが落ち着きました。
                   
長生きするつもりでいますが、そして、たくさんたくさんやりたいことはあるのですが、
今日、ガンプの死と出会い、マーラーに出会い、何故か気持ちが落ち着く日となりました。
こうして、ときおり、自分を送ってもらう音楽を考えることがあります。

緑が美しいですね。
庭ではジャスミンや含笑花が香り、鶯がのびのびと声を張り上げていました。

また違った音楽に出会うかもしれませんが、今日のところはこれにしたいと、そんな静かな日曜日でした。
皆様はそんなこと考えること、おありでしょうか?
by shinn-lily | 2010-05-16 22:50 | 大切な時 | Trackback | Comments(20)

日本人 in 海外 チュニジア3

成田のチェックインカウンターが同じで、同じ目的地に向かう若い女性の二人組も
何時間も飛行機内、お隣の席に座っているひとり旅の若い男性も
ホテルのレストランで一人朝食をとる「地球の歩き方」を持っている若い女性も
こちらが、日本人だとわかっていても知らないふりをする。
たびたび会うことがあっても目もあわせない
寂しいね、同じ国からやってきたのに。

ホテルのエレベータで会ったドイツ語を話すご夫婦も
レストランであった知らない国のおじさんも
路ですれ違ったたくさんの人々が
笑顔を、言葉をなげかけてくれるのに。

「チュニジアにようこそ」と言ってくれたお嬢さん
貴女が日本に来たら、
「日本にようこそ」って私は言うけれど
他の日本人が目をそらしても、どうか気にしないでね。
本当は心の中で、歓迎しているのだから…きっと

もう少しだけシディ・ブ・サイド
by shinn-lily | 2010-05-10 22:24 | チュニジア | Trackback | Comments(31)

青と白のシディ・ブ・サイド チュニジア2

シディ・ブ・サイドの町はチュニスから電車で30分のところにあります。
さあ、駅から歩いてみましょう。電車が着きました。
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すぐにモスクが見えます。塔はミナレットといってここから1日何回かコーランが流れるはずですが、今回は聴けませんでした。そういえば、チュニジアの旅行中一度も聴かなかった・・・トルコではずいぶん流れていたのですが。
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オレンジの木も実をつけています。
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三叉路を右にみて、進みます。
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ここで道は二つに分かれます。
左側が観光向けの一本道です。
右に行けば観光用のパーキングです。
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石畳の坂を上ります。
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チュニュジアンブルーの窓と真っ白の壁は、日差しが強くてもサングラスをかけないで見たいのです。
そのまばゆさを、直接感じたいと思います。
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お土産屋さんもあるので、覗きながら
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あ、カフェがあります。このあたりで一休みしましょう。
ミントティーは甘く、最初は慣れないけれど、次第にくせになってきます。
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さあ、人も増えてきました。もう少し登っていきましょう。
地図がなくても大丈夫、1本道ですから。
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「ジャポン?」って声をかけられました。
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町の名物バンベローニを売っているおじさんです。
愛知万博に行ってきたと話しています。
きっと日本人をみつけては、そう言っているのでしょう。
それでバンベローニを買ってしまいました。軽いドーナツみたいなものです。


わたし達の宿泊のホテル、ダル・サイドを左手に見てさらに、進みます。
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海が開けてきました。
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海にみとれていると、若いお嬢さんのグループから声をかけられました。
「ジャポン?チャイナ?」
「チュニジアは好きですか?」
「一人で旅行しているの?」
私から
「高校生?」
「みんな、なんて美人なの」
いっせいに「サンキュー」と言ったこのお嬢さんたち
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そうそう、この町の家々の入り口素敵です。
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ドワを入るご婦人、ああ、本当に住んでいるのだわ。中の様子がわからないので生活感が感じられません。
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それにしても、この町のペンキ屋さんはもうかるでしょうね。
どの家もあくまでも白く、あくまでも青い、汚れていない!剥げていない!
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このメインストリートのおしまいはでした。
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さあ、そろそろホテルにもどりましょうか、明日もありますから。
by shinn-lily | 2010-05-08 23:58 | チュニジア | Trackback | Comments(30)

遠かった! チュニジア

成田まで2時間半、チェクイン、通関、待ち時間2時間、フライト約9時間?、
着いたのは、ここ、あの中東のドバイ、ここで乗り換え。
待ち時間 5時間
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現地時間 朝の4時35分
5時間あれば、市街をタクシーで廻ろうかとも考えたが、あまりに広くて出口もわからない。
外に出ても暗いし、言葉も通じない。
セキュリティーでブザーが鳴ったのだが、係りのお兄ちゃんは知らん顔。
「フイニッシュ?」って聞いても
「オハヨゴザイマス」って繰り返すだけ。
するといきなり、黒いイスラムの装いの女性に個室に連れ込まれ、上から足まで手でなぞられ、ゾゾ。
悪いこと出来ない顔してるでしょ!あ、顔じゃわからないか。
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右も左もわからない
ともかく進む。
ああ、あった金のフェニックス
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ここが24時間眠らないデューティーフリー
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なにしろ5時間あるのだから、まず搭乗ゲートを確認して、それからお店を見て歩く。
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お店の端から端までは1kmはあるのじゃないかなと思うほど広い。
6時になると、エミレーツ空港の食堂がオープン、無料で食べられるので、食事の配給をもらう気分で列に並ぶ、いろいろな国の人々が集う。
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簡単な食事ではあるが、ゆっくり出来るし、空港内も見渡せる。
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お祈りルームが男女別々に、さすがイスラム教の国と見ていると
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「トイレはあちら」
と空港の係りの人が親切にも声をかけてくれた。
「わかってるわい、ちょっと祈ってみようかと・・・」
そんなこんな、5時間はあっという間にすぎ
チュニジア・カルタゴ空港行きの飛行機に乗り込む

ドバイから約6時間か?
なにしろ、時計を現地時間に合わせながらで、正確には何時間かわらない、
食事は2回も出たから、結構な距離か?
ああ、これではわからない!
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はるばるやってきました。やっとチュニジア、チュニス
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空港から約30分、旅行社の出迎えの車にゆられ・・・
やれやれ、やっとホテルに到着
ここがわたし達の部屋
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中庭に面していて窓を開ければ外から丸見え
昔の富豪の邸宅をホテルにしたという5つ星・・・ほんとかな?お風呂のお湯はでたけどね。
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3泊3日、妹と二人旅がはじまりました。
by shinn-lily | 2010-05-05 23:04 | チュニジア | Trackback | Comments(25)