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謝謝台湾 旅が終わる

龍山寺に着いた。賑やかなお寺だ。
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狭い境内の中は人と傘でごったがえしている。
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30㎝くらいはあろうか、線香の束を持ちお参りをしている様子
お線香を求める。お金をとらずにみんなに配られている。
お線香の赤い色が雨で濡れて手につく。境内を何箇所か廻ってお参りをさせていただく。
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囲むように屋根つきの回廊がある。
そこには数珠を持ちながら座り込んで一心に祈り続ける人々、特にご老人が多い。
日本よりは暖かいといっても、コンクリートの上、冷えることであろう。
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若い人々もお線香を両手ではさみ、深く頭を下げ祈っている。
境内中か煙っている。まるで、人々の祈りの気持ちが煙とともに
天に届くようである。
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生きていくのは苦難の連続
時々良いことや楽しいことがあればもうけもの
一心に祈る人々の中、観光のわたしたちがお邪魔ではないかと
申し訳なさが一瞬よぎったが
地元の人々はわたしたちを普通に迎え入れてくれる。
いえ、迎え入れことすらしない。地元の人々と同じに祈ればよいのだ。

旅も終わりかかっている。
桃園空港に向かう途中、男性ガイドさんとのやりとり。
謝謝台湾のプレートを見せて、震災の支援について、3人からお礼を伝えた。
「いや、いや、あたりまえのこと。台湾の地震の時は日本が助けてくれた。
だからあたりまえよ」
「でも世界中で一番たくさん支援してくれたのです」
「台湾はいろいろな国がやってきて、苦労をした。だから悲しみを知っている。
台湾の政治家もすぐに東北に行ったよ。地元の人に日本の政治家はこないけれど台湾からきてくれたと喜ばれた」
恥ずかしい。
かつて、台湾の地震に日本はすぐに仮設住宅を手配した。しかしそれは台湾の仮設住宅の規格より小さかったので、日本の好意が無になる可能性があると危惧した政府は電化製品をつけて、台湾の人々にこの仮設住宅を提供したという話をどこかで読んだ。
「先日の選挙では中国寄りの馬英九さんが当選しましたね。
そのあたりはどうなんでしょう」思い切って聞いてみた。
「そりゃあ、あれだけ大きな国が横にあって、そこに添っていかなければならないね。」
聞けばガイドさんは本省人、本来なら、反対の考えをもつところだが、これが現実なのだろう。
日本だって、なんだかんだと中国で商機をみいだそうとしているのだから。
しかし選挙中、家庭内では選挙の話はご法度だそうだ。
本省人一家であるガイドさん一族も結婚で外省人が2人混ざってきている。
将来は台湾国民という言葉だけでくくられる時代もきそうだ。

フォトアルバムが出来た。
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あとがきに
「こんな楽しい旅になるとは思っていませんでした。
心からの笑顔が写真に写っていました。
また日々を頑張り、健康に気をつけて
「わたしたちの旅」第2弾を目指しましょう。
この仲間とそして台湾へ感謝の気持ちでいっぱいです。」
と記した。

Aちゃんが言った言葉
「台湾の人って品があるわね」
この言葉がはからずも台湾の人をうまく言い当てているような気がする。
台湾のほんのほんの片隅を歩いた旅はこれでおしまいです。
私の中でも記事を書き終えて、本当に台湾の旅が終わってしまう寂しさを感じています。
愛着がある国となりました。

長々台北の旅のおしゃべりをさせていただきました。
おつきあいいただき、有難うございました。
by shinn-lily | 2012-03-29 22:08 | 台湾 | Trackback | Comments(38)

謝謝台湾 タクシードライバー

旅で現地の人と触れ合うことが出来るとしたら
例えばタクシーの運転手さん

今回は、雨が降っていることと、3人で割り勘すれば効率よくつかえることから
移動は全てタクシーにたよった。日本より安いので助かる。
台北市内ならばほとんど500円程度である。
2泊3日、かなりのタクシー三昧であったにもかかわらず、チャーターを除いてタクシー代合計は6000円程度、
いくら使ったかわからないBちゃんと私、ちゃんとAちゃんが会計報告をしてくれた。
運転手さんはほとんど日本語が喋れないけれど、必死にシートベルト、シートベルトと言う。
少し前から規制が大変厳しくなって、後部座席もシートベルト着用である。
たいてい荷物を持って乗り込むから、かなり面倒な作業となる。
最後には運転手が言わないうちに、みんなシートベルト、シートベルトと自分達で言うようになった。
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あるとき、乗ったとたんに美空ひばりの曲がかかった。
いやー、わたしたちが日本人だからといって、気をつかわなくていいのに、
台北の町に来てまでも美空ひばりは不要である。
あるとき、乗ったタクシーでは守屋浩の曲がかかった。
えー、また?
いえ、若い運転手さんは気持ちよく一緒に口ずさんでいる。
なーんだ、自分が聞きたかったのだ。

助手席に座ると運転手さんの生活を垣間見ることが出来る。
運転手さんがなにか口にいれる、緑の実 葵の実より少し大きいな感じ
たぶんこれがビンロウをなのであろう。隣にびんろうの広告のティッシュボックスがあった。中華圏は漢字が読めるからあり難い。
軽い覚醒作用があり、昔は東南アジアでもずいぶん好まれたが、最近では一部の人に愛用されるだけとなり、インテリ層にはある意味恥ずかしいものと本に書いてあった。

どの運転手さんも穏やか、言葉がしゃべれないこともあるが、運転もそう荒くない。
お釣り銭をさしあげると、わずかなのに喜んでくれる。謙虚な人柄が伝わる。

最終日も
雨がジャバジャバ降る。手抜きの観光、中山紀念堂と総統府を車で廻って欲しいとホテルの配車係りの方にお願いして運転手さんに伝えてもらった。
ゆっくりと廻って、ポイントではスピードを緩めてくれた。
つまり、こんな風に写真が撮れるほど

中山紀念堂
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台湾総統府  かつて日本の出先機関、
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一言もしゃべらなかったけれど、気持ちが伝わる運転であった。
もっとも、運転手さん、三人の日本人美女、いえ愚女、いえ騒女の賑やかさに萎縮していたのかもしれない。
by shinn-lily | 2012-03-29 21:14 | 台湾 | Trackback

謝謝台湾 占いは嫌いだけど・・・士林夜市にて

台北で一番大きな夜市、士林夜市は昨年新しくなった。雨が降りしきる中で屋根つきで好都合。
しかし、人、人で前に進めない。土曜日の夜である。
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「お財布きをつけてね」Aちゃんから注意喚起の掛け声。
「はーい」とバッグを確認する。

お店を見て廻っても買うものはない。
フルーツがきれいに盛られている。
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肩たたき商売も繁盛
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ん?占い! 日本語okって書いてあるわよ。
みれば日本人女性が占ってもらっている。
占い師の女性は40歳ぐらい、優しい、いい顔である。
隣にそっくりの男性、お父さんであろう、がにこにこと呼び込み、お茶だし係り。
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「ねえ、Bちゃん、やってもらえば」とわたしたち。
そうね・・・・?
「わたしたちもやる?」とAちゃんも
私は占いが大嫌いだ。自分の将来を決めつけられるようで、それもいいことばかりだったら良いけれど、悪いことでも言われるたら生きていけない小心者だ。
昔、デパートの占いコーナーで『激動の中年期、安泰の老年期』と言われた。
いろいろと私なりに困難にぶち当たるたびに、これが激動かしらと思ったけれど、激動は次々やってきた。
たしかにおっしゃるとおり激動でした。

二人が占いをして、わたしだけ指加えてみているのもねぇ。。。
ここはお遊び、いっちょのってみましょうか。

手相と顔相で約3000円
3人並んで占い師の前にすわった。

Bちゃんには妙に熱心、それにこたえて占い師はいろいろ話していたが、ま、だいたいわたしたちがいつも言っていること
ほらね…むふふ
「チャンスあり、チャンスあり」と何度も言われていた。
いったいなんのチャンス??
Aちゃんは、「能力あるね」って…
いいなぁ、最近能力不足を痛感している私、羨ましい。
そういえば、いつも旅の会計は詳細に記録、なんにでも粘り強いのは若い時から
日本語が聴き取りにくいので、みんなで顔をつけて必死に聞く

で、いよいよわたし
「あなた、やさしいね。」
うふ!本当??、わたしが言ったのではないのよ、占い師がそう言ったのだから。
でも書いてしまうところ、図々しい。


「あなた我慢してるよ、そんなに我慢しないで、自分のことやりなさい。」
横の2人、納得いかない表情、我慢しているのは私たちよと?

「30代、40代、50代大変だったね これからいいよ」
どこかで聞いたのと同じ、占いってきまぐれではなくそれなりに正解があるのかなぁ。
わたしはむしろ話術に近いと思っていたのだが。


「あなたは助けてくれる人がたくさんいるよ。ここに線がいっぱりあるよ。」
これは嬉しい、たしかにこれまでたくさんの人に助けてもらっている。
ブログの中だって皆様に仲良くしていただいているし

「チャンスはあるよ」
と軽く1回お義理で、Bちゃんに言う力の入った言い方とは違うわ。

「腰と胃に気をつけて、食べ過ぎないで」
存じておりますとも、食べ過ぎてはいけないって。
やっぱり食べ過ぎが顔にでてるのか?

あれで3000円、Bちゃんにばかり話していたからBちゃんは元はとったとして
「わたしたちあれだけで高いわね」とAちゃんと話ながらも
3人ともそろって、あごの線がきれいだからこれから良いよ」
と言われて気をよくしたわたしたち。
良いことを言われれば、単純だからそれでokです。
皆様、顎の線のきれいな方、老年期が良いそうですよ!


地下の食べ物街へ
やっぱり匂いにむせて、食欲がわかない。
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韓国の市場ではほとんど何でも食べられるのに、残念。
ラウンジで軽く食事をしてきて、良かった!
10年前なら、喜んで食べたであろう、けれども今は体の調子を重視
油もの、冷たいものも気をつけないと、胃に響く。たしかに占い師はわかっていた。
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こういう旅は若いうちにたくさんしておけばよかった、どんな食べ物にもいどめたのにと思ったが
やっとこの年になって来られるようになったのだ。
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若い時は時間もお金もなかった。

でも老年期はいいと…これからだわ、華の人生は!?


by shinn-lily | 2012-03-25 16:51 | 台湾 | Trackback

謝謝台湾  迪化街にて・・・もっと買ってくればよかった

凍頂烏龍茶と阿里山茶を買う。一単位300グラムで3000円以上台湾の物価からしたら大変高価なものだ。
が日本で阿里山茶100グラム5000円とネットで見て、もちろんとびきり美味と絶賛の声
ああ、もっと買ってくればよかった。
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カラスミを買う。ひとはら1500円
カラスミごはんにしたらこれが美味しい、ああ、もっと買ってくればよかった。
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薔薇茶と菊茶を買う。
こんな風に瓶に入れて毎日味わいを楽しんでいる。
いつまでもつかしら、ああ、もっと買ってくればよかった。
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乾物の問屋が並ぶ迪化街を歩く
雨が強くなってきたが、趣のある建物が美しく
売っているものをきょろきょろ見ながら歩くのが楽しい。
さあ、ご一緒に
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大きいくらげも買ってくればよかった。
甘梅ももっと買ってくればよかった。
中国系の食べ物は口にあうかどうか・・・恐々買うことになる。
しかし、悔やまれるほど、どれも美味しく大成功であった。
あ、白いドーナツのようなものはつばめの巣とか。
きっと高価なものと、値段も聞かなかったが。

旅の買い物はその場勝負だから、後から後悔することがしばしばあるが
この迪化街はその雰囲気といい、価格といい、人柄といい
なんとかもう一度行きたいと、帰ってきたばかりから、もう再訪の話がしきりに出ている。
買えと無理にすすめない穏やかな人々だからこそ、もう一度行きたくなるのだ。
by shinn-lily | 2012-03-23 23:48 | 台湾 | Trackback

謝謝台湾 胡宮博物院のおばさん

胡宮博物院にいる。
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お手上げである。
「素晴らしい財宝の数々に感動しました」と言えない。
感動するには教養が枯渇している。
だいたい西洋美術だって、印象派以前は感性だけでは鑑賞できず
絵画の約束事を知って始めて絵が楽しめるのだ。
まして、中国3000年の歴史、時代の名前くらいしか知らない私に、どうやってこの山のような芸術品を鑑賞したらよいかわからない。

人気の宝物は翡翠を彫った白菜、これを見るのにはかつて東京でミロのビーナスを、あるいはツタンカーメンを見た時のような長い列に並び、ほんのわずかな時間見ることが出来るという状況で、とてもあの列に並ぶ気はしないし、しかも列の最後尾が二手からきているから、どちらに並んでよいかもわからない。
展示室の通行止めになっている逆の入り口で、何度もジャンプしてかろうじて頭と頭の間から実物を一瞬見た。まだ、私、若いわ。
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混雑はトイレも同様
「ギャ、すごい列、どうする、他の階に行ってみる?」
すごすごと出てきたわたしたちをこっち、こっちという手招きにするおばさんがいる。
顔を見合わせながら後に続く。そこは身障者専用のトイレがあった。
おばさんは故宮博物院の清掃係りの方だろう。
「ここに早く入りなさい、ほらみつからないうちに」という感じで、わたしたちを早く早くと駆り立てながら招きいれる。
いいのかなとまずわたしが恐々と…出てくればせかせか手拭の紙まで用意してくれている。AちゃんもBちゃんも続く。
おばさんは4つにたたまれたすりきれた紙を私たちに見せる。
日本の地名がばらばらと書かれている。
「広島、広島」「千葉 ??がいる」と片言の日本語。
よくわからないから、「日本に住んでいたのですか」と聞くと
「おばちゃん、おばちゃん広島に住んでる」どうも親戚の方が日本にいらっしゃるようだ。
70歳以上なら少し日本語が話せるかもしれないが、もう少し若い。
わたしたちとの片言の会話を楽しんでいる様子、その雰囲気からみて、イキイキと毎日働いているに違いない。
なんだか、私たちも嬉しくなってしまうほど、魔法の力を持ったおばさんだ。
Aちゃんがバッグから飴を出してさしあげた。喜んでくれた。
で、これを見てくれと棚を指さす。
なんと、そこには、森永やら、カンロやら、見慣れた飴が山積みになっている!!!
わたしたち、今日何番目のお世話になった日本人なのだろう。
おばさん、日本人が好きなのね。
なんとせかせかした人、でも愛くるしい表情をしたおばさん、今日も日本人を身障者トイレに案内して、「広島、広島」って言っているかな?
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わたしたち、61歳、おばさん、62歳 同年代同士の暖かなひとときをありがとう。
今度、故宮博物院に行ったら、おばさんを最初に探しますから
元気で働き続けてください。
そしておばさん同士のよしみで、またこっそりトイレを貸してくださいね。
by shinn-lily | 2012-03-20 22:37 | 台湾 | Trackback

謝謝台湾  美味しいもの、食べた?

旅から帰ると、誰とはなしに、いつも
「美味しいもの食べた?」
と聞かれます。

実は、私は自ら「美味しいもの」を探すことはなくどうも食べ物に対する執着が薄いようです。
かといって「美味しいもの」が眼前にあれば、幸せ間違いありません。
こと食べ物に関しては他力本願なのです。

さて、今回「美味しいもの」を探す勘のするどいAちゃん
どうしてもふかひれを食べると飛行機の中から騒いでいました(失礼)
空港からホテルに案内してくれたガイドの楊さんに早速尋ね、
おまけに、予約までお願いしました。
おかげさまで、私にとっては一生分ともいえそうなふかひれをいただきました。
翌日は確かにお肌プルプルね…ってみんなで自己満足
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鼎泰豊の小籠包は台北の旅のお約束コース
いつもは玉川高島屋でyumiyaneさんと食べていますが
irihiさんが本場の味も味わってきてとおっしゃるので行ってきましたとも。
市内に何軒かあるのですが、雨ですから、並ぶのにはデパートの中の方が良いと判断して
太平洋SOGO店へ もちろん大混雑です。番号札をもらい、オーダもして、1時間待ちと
ガラス張りの作業場を見たり、お土産用をオーダしたり、同僚へお土産用のパイナップルケーキを買ったり、
デパートの中をぶらぶら
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1時間後にお店に戻ったのに、いっこう呼ばれません。電光掲示の番号はもうすぐなのに、番号は動く気配なし、とうとう美人の呼び出しお姉さんの脇に険しい顔で3人でへばりつき(怖かったでしょうね)、待つことさらに30分、やっと席に案内されました。
美味しいものを食べれば、わたしたちの機嫌もとたんになおります。
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で本場は違うかと聞かれれば、玉川高島屋店はかなりいい線いってます。おすすめです。


宿泊の台北シェラトンの中華レストランでも軽く食事をしました。
サービスはきめ細かく、日本にひけをとりません。
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今回、エグゼクティーブフロワーにアップゲレードしてもらいましたので、
最上階のラウンジでもフリーで朝食、昼食、アファターヌーンティー、軽い夕食が提供されます。
夜はワインもシャンパンもあり、かなり有効に利用しました。
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ロビー階の朝食ビュッフェも日本のホテルより少し安い程度の台湾では贅沢なお値段ですが、なかなか良いという評判で、帰国の朝はこちらで
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麺をつくってもらったり、お粥やパンケーキにフルーツ、食べ過ぎですわたしたち。

夜はホテルのバーでお夜食も…笑ったり、泣いたり、笑ったり
えー、もう12時よ…と言いながら
部屋にもどったのは2時近く、これが旅の醍醐味です。
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と、ここまで、書いて2泊3日の旅ではディープな食にまでは行きつけないことに気がつきました。
台北の人々が本当美味しいと思っているものは次回の旅でしょうかねぇ。。。。。また、行きた~い!
by shinn-lily | 2012-03-15 21:28 | 台湾 | Trackback

謝謝台湾 聖地巡礼かもしれない

宮崎 駿監督の映画「千と千尋」の冒頭部分に、千尋のお父さんとお母さんが赤いちょうちんのぶら下がる食堂で、たらふく皿に盛られたご馳走食べて豚になるシーンがあります。
どういうわけか、あの場面が好きでした。懐かしいお店、それになんだか美味しそうでしょ。わたしもあの場面にいたら豚になっていました。



十份で十份爆布を見て
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後、暗い夜道、時々町、という道のりを1時間ほど、そして車に弱い人なら酔ってしまいそうなくねくねと坂道を登り、山肌にへばりつく家々が集まった九份に到着した。
雨が強くなってきた。
その中、細い路地、赤い提灯がぶら下がる道を登っていく。
両側は食べ物屋さんやみやげ物やさんが並ぶ。
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アニメの世界に入り込んでいく。こここそが千と千尋の冒頭部分のモデルになった場所だという。
お父さんとお母さんが豚になった場所である。
この先の橋を渡ると湯屋があるのかもしれないという錯覚に陥いる。
アニメの舞台となった土地を訪ねることが若者のブームとなっていて、その行為を「聖地巡礼」というらしい。ならば、まさしくこれは元祖「聖地巡礼」なのかもしれない。

大好きだった場面の舞台ということで気持ちは湧き立つが、どうも食べ物屋さんに入る気持ちになれない。
車でぐるぐる廻った後の遺症と、鼻をつく中華の、たぶん八角のにおいにむせてしまう。
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九份に行くならここと教えてもらった九份茶房を目指す。

朝早くからの強行軍で、みな疲れ気味
しかし、ここにに着いて感激、
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100年以上の前の建物がモダンな茶館に変身している。
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席料3人分と東方美人茶
ていねいに淹れてくれたお茶の美味しいこと、甘みと香りが絶妙で、思わずみんな元気復活、一服のお茶が
これほど人を元気づけるのか。
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 それにおつまみの甘い味付けの梅で気をとりもどす。
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30グラムくらいのお茶はかなり高価であったが、残りは持ち帰り可。(3人で約4000円、参考:タクシー初乗り210円)


「ちょっと見て廻ってきていい?」と二人をおいて写真撮影(許可をいただきました)
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外に出られそうなので、ドアを押してみる
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フー。。。。。

席に戻って
「ねえねえ、外を見てきて」
「なにかあるの」
「なにがあるか、いえないの。まあ、ともかく行ってみて」と二人をおいたてる。
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それから二人は長い間、戻ってこなかった。
雨の中に浮かぶこの風景を作り出したのは有名建築家ではなく、この地の人々である。
この地の人々にふとお礼を言いたくなった。
これを見ただけで、今回の旅、来たかいがあり、そんなお礼である。
by shinn-lily | 2012-03-10 23:10 | 台湾 | Trackback

謝謝台湾 台湾は雨ばかり 心はサンシャイン

旅の仲間はこちら
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小学校からの友人Aちゃんと高校からの友人Bちゃん
二人とも美人よ、でもまあ人並みにこれまでの人生にいろいろあったから
酸いも甘いもしっかり経験
それにみな長女で現在80歳以上の親を看る立場
昨年よりお母様が入退院をくりかえし、ここで都内のケアマンションにおちつかれたAちゃん、ご両親とも伊豆のケアマンションと都内の自宅を行き来なさるBちゃん
それにもうすぐ86歳の母をもつ私

昨年の暮れに、今なら三人で行けそうと急遽計画が浮上
というのも毎月積み立てをしているお金が貯まる一方で使えない
これまで、修善寺のあさば旅館や箱根、伊東の温泉、山形にさくらんぼ狩りにも行ったけれど、いつか三人で海外へという夢はもう何年も持越しとなっていた。
二泊三日なら・・・行けそう・・・行きましょう・・・今しかいけないとやっと羽田にたどりついた私たち
顔をみたとたん、思わず抱き合ってしまった。

手配はBちゃんが担当
会計はAちゃん
わたしは観光立案かかり



まずめざしたのは台北の北
日本から見れば一番近い海の近く、ホテルから1時間半
十份へチャーターの車で目指す。
思っていたよりずーっと田舎である。
バナナの青い房が成っているのを見ると、台湾であったことを思い出す、
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ここで願いをこめて天燈上げをする

線路の両側に点燈上げの店が並ぶ
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代金を払って頼むとパイプの衝立に大きな紙の風船をかけてくれる
一色のもの100元(約300円)、二色の風船はもう少し高い
わたしたちは当然一色、こういうところは妙にシビア、
この時はまだお子様騙しだと思っていたから
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横に筆がおいてあり、思い思いに願い事をしたためる。
なにしろ、大きな面だから おもいきりたくさんお願い
「健康祈願・家内安全・みんなが幸せに暮らせますように
会社の人の幸せ・受注祈願
被災地の早期復興」
思いつくことは全て書いて、二人でもつ
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お店の人が灯をつけてくれて、もうひとりにカメラを預ける
すなわち熱気球のおもちゃ版

ところがこれが空にすーっと上がっていく様子
不思議と気持ちが穏やかになる
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空に上がって消えていくというイメージは
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たぶん藤原氏が宇治の平等院をつくって自分たちの繁栄・安寧を祈ったのと同じくらいの気持ち
3人で空をみながら、それぞれの想いにひたる

途中、電車が来ると、みんなで退避
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家が線路に寄り添っている、
他は土地がたくさんあるのに、なんでこんなところで
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人がやることがおもしろい。

後になっても天燈上げはよかったわね~と何度も話題に・・・1000円払ってもいいわよねって。
一番安い100元(約300円)の一色ものを頼んで、ありったけのお願い事を書いたくせにね。

やれやれ



記録的な色合いもあり、台湾記事のコメント欄を閉じさせていただきます。
最後に開けますので、ご指摘やご意見のコメントをいただければ嬉しいです。

追記:コメント欄を閉じたつもりがもうろうとして、
   こんな旅行記にコメントをいれていただいて恐縮です^^
   で、今回は嬉しいコメントをいただいているので、そのまま、
                 ・・・おっちょこちょいにもほどがあります(汗)
by shinn-lily | 2012-03-05 22:39 | 台湾 | Trackback | Comments(24)

謝謝台湾 にわか勉強

台湾は東京から飛行機で4時間10分の場所に位置する九州ほどの面積の国家である。
日本からこんなに近く、かつては日本であったその国のことをなにも知らなかった。

にわか勉強のテキストはこちら
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外貨準備高世界第4位(2010年)
人口2300万人 
本省人(ホーロー人約74%、客家人約12%)という漢族と原住民の混血86%
外省人12%;原住民:2% (ウィキペディアより)
外省人は蒋介石率いる国民党が台湾に移ってきた時に一緒に来た人
本省人はそれ以前から台湾に住んでいた人

2012年1月14日 台湾総統選挙が行われ、中国との融和策を進める外省人である馬英九氏が再選をはたした。
馬英九総統が進めてきた対中政策について台湾の選挙民がどのような判断を下すのかこの選挙の行方は当初から大変注目されていた。台湾海峡での緊張感を危惧していた中国共産党指導部及び米国は安堵した。

歴史をさかのぼれば、かつてはオランダ領であり、その後日本の
植民地となり、1945年から大陸から蒋介石率いる中国国民党の支配化となった。
最初は中国復帰を喜んだ国民も、後にその腐敗ぶりに落胆した。比較的不正の少ない日本の統治からはかけ離れた支配は後に二・二八事件(にいにいはちじけん)につながることになる。これは1947年2月28日に台湾の台北市で発生し、その後台湾全土に広がった、当時はまだ日本国籍を有していた本省人(台湾人)と外省人との大規模な抗争。約 40 年後、戒厳令の終了と政府側の遺族への謝罪により漸く終結した。

鉄道、教育制度、インフラの基礎の多くは50年間の日本統治時代につくりあげられたもので、日本の統治を評価するむきもあるが、植民地を正当化する危険があるとも言われている。

第4代総統小玉源太郎が招聘した後藤新平は台湾の社会風俗などの調査を行い、その結果をもとに政策を立案、急激に日本のやり方をおしつけるのではなく、漸次同化の方法を模索するという統治方針を採った。
それゆえ、
秀吉の時代から、歴史的建造物を壊し、いまやふたたび従軍慰安婦の問題がもちあがっている韓国とは、少し違ったニュアンスをもつ。

その台湾が日本の大震災被害のために190億円を送ってくれた。


    給台灣的大家
    非常感謝您們對
    日本311地震之援助
           日本人



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感謝の気持ちを伝えたい。
同行の友もこの主旨に賛同してくれて、三人でこの言葉を書いたプレートをかばんにつけて、
台北の松山空港から台湾の3日間が始まった。
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by shinn-lily | 2012-03-02 22:46 | 台湾 | Trackback | Comments(28)