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2017年 ソウル ドラマのように① 登場人物1番オンニー


「私たち、ドラマの登場人物のように会いましょう」

その方はソウル金浦空港の税関出口の待合場所の先頭で待っていてくれました。
私たちは思わずかけより、手をとりあいました。
全州から3時間半もかけてきてくださいました。

2014年全州、韓日交流センターで偶然のようにお会いして
翌年、もう一度お会いして
今度で3度目なのに、いまや昔からの友達のようで、いえそれ以上お姉さんのようす。
オンニー(お姉さん)と呼ぶのが嬉しくて、
偶然の出会いは実は必然の出会いではと思うようになりました。

オンニーは詩人です。
詩集が出版されているだけではなく、全州郊外に詩碑があります。
若い頃はKBS(韓国公共放送)のドラマ作家でもありました。
その後、故郷にもどり教師をなさっていました。
感情の表現が幅広く、
年上なのにときには可愛らしく
気持ちがまっすぐで、暖かいのです。


日記交換のようにしばしばメール交換をしているので、久しぶりという感じがしません。
タクシーでホテルに向かいます。
こうして、私たちのソウルの旅がドラマのように始まりました。

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ところで、韓国にミサイルが飛んでるく心配はないとみなさんがおっしゃいました。
心配していると言うと、そのたびに私はみんなに笑われました。
同胞だから大丈夫・・・ということはアメリカと日本が標的?
はたして真相は?
情報が隠ぺいされていることはないのでしょうか?
なにが本当なのか、ここ数日が注目です。
なにも起きなければよいのですが。
by shinn-lily | 2017-04-23 22:32 | ソウル | Trackback

韓国渡航情報を調べてみる


外務省海外安全ホームページ 韓国
現在,危険情報は出ておりませんが,北朝鮮との関係において,朝鮮半島情勢は,引き続き予断を許さない状況にあります。最新スポット情報,安全対策基礎データ,在韓国日本国大使館/総領事館のホームページや報道等から常に最新の情報を入手し,安全対策に心がけてください。

【ポイント】4月11日追加情報
●朝鮮半島情勢に関する情報に注意するとともに,在留届又は「たびレジ」により,連絡先の登録をお願いします。

【本文】
1 現在,韓国については,直ちに邦人の皆様の安全に影響がある状況ではなく,危険情報は出ておりません。他方,北朝鮮は核実験や弾道ミサイル発射を繰り返していることから,今回改めてお知らせを出させていただきました。朝鮮半島情勢に関する情報には,引き続き注意してください。

2 つきましては,韓国への滞在・渡航を予定している方,また,すでに滞在中の方は,最新の情報に注意してください。

3 また,従来からお願いしているとおり,韓国への滞在が3ヶ月未満の方は外務省海外旅行登録「たびレジ」への登録,また,3ヶ月以上の方は「在留届」の提出により,連絡先を外務省に登録することを改めてお願いいたします。
 「たびレジ」の登録は,以下のサイトから行えます。(https://www.ezairyu.mofa.go.jp/tabireg/ )
 在留届については,在留届電子届出システム(ORRネット,https://www.ezairyu.mofa.go.jp/RRnet )の利用をお勧めしますが,郵送又はファックスによる届出も可能ですので,最寄りの在外公館まで送付してください。


アメリカ大統領トランプ氏と北朝鮮、金正恩第一書記の思惑は多くのコメンテイターが語っていますが
はたしてどのような行動にでるかわかりません。憶測不能な二人です。
とはいえ、アメリカ・中国との二国間で武力回避への水面下の調整はすでに始まっているといいます。
戦争だけはなんとしても避けたいです。

斉藤美奈子の「それってどうなの主義」の中に2007年に書かれた文章
2006年の北朝鮮の暴走によって「日本もやはり軍事カードを」という声がじっさいにも上がりはじめた。7月5日、北朝鮮がテポドン2を含む七発のミサイルを発射したときには、当時の麻生外相、安部官房長官、額賀防衛庁長官の三人が「先制攻撃容認論」「敵基地攻撃容認論」ち散られかねない発言をし、10月9日、北朝鮮が「地下核実験に成功した」と発表した後には自民党の中川(正一)政調会長と麻生外相(またもや)が「核兵器保有議論の必要性」を説き始めた。北朝鮮に非があるのはいわずもがなだが、彼らを暴走させたものも外交の失敗という側面はないだろうか。

10年前の主役は金正恩の父親の金正日でしたが、日本の登場人物はくしくも現在とたいして変わっていません。
さすがに原発事故後の発言には核兵器の議論が出ない程度で思想も変わっていません。
何年も北朝鮮も日本も堂々巡りです。



こんな時期ですが
ソウルにちょっとだけ行ってきます。
東アジア情勢を肌で感じることができるでしょうか。

金浦空港で出迎えてくださる方がいます。
2年ぶりの再会の瞬間を想像してわくわくしています。
by shinn-lily | 2017-04-17 09:00 | ソウル | Trackback

2014年6月 ソウル⑥  旅を終えて考えたこと

嫌韓論を記した本が店頭にたくさん並びます。
韓国に興味のある私は、読んでみたい衝動にかられますが、他人の目ではなく自分の目で実際の韓国から感じ取れる空気とつきあいたいと考えて、この手の本は手にしないことにしていました。
そのような意味では数冊読んだ民俗学的な韓国関連の本の中でも英国人イザベラバードの「朝鮮紀行」は感情を抜きに淡々と記され、それでいてそこに住む人への敬意は忘れていない一番しっくりくる良い本でした。
その本によって、李王朝末期の混沌とした朝鮮社会を知ることができました。
実際、ソウル市庁舎のすぐわきにある徳寿宮を見学すると、当時まわりの大国に翻弄された弱体の李王朝が伺われます。

景福宮にいられなくなった第26代朝鮮国王高宗は閔妃が暗殺されロシア公館に避難し、退位するまで、この徳寿宮に住んだことから、李王朝末期の歴史の舞台となりました。
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各国の思惑と、まわりに頼ろうとする皇帝の様子が「朝鮮紀行」にはよく書かれています。
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子供たちはここでどのような歴史を学んでいるのでしょうか?
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今回のたった2泊の旅でしたが、実際に韓国に触れ、優しい人や素敵な人に出会い、また少しだけ身をちいさくしたこともありました。
その体験をもとに「呆韓論」を読みました。
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この本は韓国人歯科医シンンシアリー(仮名)が本当の韓国の姿を綴った本です。
この方のブログでもその一端は伺われます。
真実を語り、未来の韓国の姿を描こうとしているわけで、決して韓国の恥部をさらすために書いた本ではないと私は考えます。
それでも、なんでも悪い事を人のせいにするのはもうやめようではないか、自国の揺らぎを日本のせいだと言うのをやめようじゃないかと訴えます。

私は1年前から、NHKハングル講座で朝鮮語を勉強しています。
いえ、そんなに根をつめてやったわけではなく、毎週録画して見ていました程度です。
語学の勉強はスポーツみたいなもので、訓練すればそれなりの成果があがります。
今回はわずかな訓練の成果を確かめてみたいとい気持ちがありました。
ソウルの町中のお店では、ほとんど日本を話す人がいますから、なかなか腕試しの場面もありません。
地下鉄の券売機も日本語表示がありますから、助かります。
それでもソウル中心をはずれるとやはり朝鮮語が少し使えると楽です。
それぞれ単独で海外旅行をする旅なれた同行の友人は、英語と度胸でコミュニケーションには困らないのですが、わたの胸中を察し、現地の方々とのコミュニケーションは全て私にまかせてくれました。
もちろん所詮トラベル会話の域は脱することはできませんでした。


考えてみれば朝鮮語はほぼ朝鮮半島でしか使えません。
それだったらその時間に世界共通語の英語を勉強したらよいという気持ちもよぎります。
実際に迷いました。
でも不思議なのです。昨今の韓国の反日政策には腹がたつばかりなのですが、韓国はなんだか「めんどくさいわがままな親戚」みたいな感覚なのです。
親戚だから簡単に切り離せないのです。
それだったら、学び続ければよい、韓国関連の本を読めばよい、仲が悪い時だからこそ、こつこつとその国を知ればよいという結論に達しました。
どちらにしても言葉の違いは国と国のひとつの壁ですから、その壁は低い方が良いでしょう。

又、韓国が外貨獲得に力を入れている芸能部門、日本でも10年前からかなりのブームになった時期もあり、日韓の壁を低くしたようにも思えます
ただ、韓流ドラマは韓国の人々の夢物語でしかありません。歴史ドラマでさえ事実とはかけ離れたことが多い夢物語だと言われています。
こうだったらいいなぁという韓国人の気持ちはよく反映しているし、文化や習慣を垣間見ること、そして朝鮮語に耳を慣らすためには役立ちますが、所詮つくりごとです。
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だからもう少し、深く探ってみたいのです。
今は韓国関連本からみるのが面白い・・・古代史から韓国現代小説など興味はつきません。
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こんな風に文化に接触していって、最終的に自分の中でどんな結論にまとまるか想像もつきません。
本当に遠い国なのか、それとも近い国なのか、それともこの関係に飽き飽きしてしまうか・・・
いや、中国・韓国・日本・アメリカ・ロシアの思惑が朝鮮半島で交錯しそんなことを呑気に語っていられないかもしれません。

私は、当ブログで過去4回ほど韓国の旅を記事にしましたが、
それぞれの最後の記事でいつも未来の日韓関係に期待するという想いを込めていました。
その想いとはうらはらに、今はどんどん遠い国になりつつあります。
いろいろな想いをかかえながら
2014年6月のソウル旅は記念のアルバムを作って終了となりました。
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読んでいただいて、有難うございました。

今回の旅は終わりましたが、わたしの韓国への旅はもう少し続きそうです。
by shinn-lily | 2014-07-20 16:17 | ソウル | Trackback

2014年6月 ソウル⑤ 必敬斎で宮廷料理

「旅の目的は?」
同行者二人は、美味しいものを食べることと口を揃えて答えました。
私自身まずいものはもちろんいやですが、食べ物にはあまりこだわりはありません。
けれども韓国は一人では食べられない焼肉やなべ物が多くあり、私もこの旅に限っては二人にそってみようと思いました。
そういうわけで、二人の希望もあって、今回のメインエヴェント 「宮廷料理を食す」ということにしました。
何度も韓国に来ていても、私自身、正式な宮廷料理は初めてです。

ネットで調べて「必敬斉(ピルキョンジェ)」というお店がソウル中心からは少し外れるけれど建物も文化財に指定されているし、面白そうだと判断しました。
多くの体験ブログからみるとどうやら予約が必要だということがわかりました。
で、わたし、日本語を話せる人がお店で予約を受けてくれることを確認して
ドキドキとしながら電話をしました。

「ヨボセヨ、イルボンサラミエヨ、日本語ブッタケヨ」
(もしもし、日本人です。日本語をお願いします・・・はは、日本語だけは日本語!)
「チグン、オプソヨ」(今、いません)・・・ええっ!困った、、、
そんな時のために一応予約日、時間を朝鮮語でメモはしておいたのですが
咄嗟に
「Engrish OK?」
「OK、OK、risavetion?」
結局、英語でなんとか予約しましたが・・・果たして・・・ああ心配!

さて当日
明洞から地下鉄で約40分

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水西(スソ)という駅で降り、マンションが立ち並ぶ脇、途中で道が間違っていないか学生さんに確認しながらたどりつきました。

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ちゃんと予約はできているかしら?同行の友人に迷惑をかけないかしら・・・?
言うべき言葉を用意しておきました。
「shinn-lilyラゴハヌンデヨ ヨヤグル ハソッソヨ」
(shinn-lilyと言いますが、予約をしてあります)・・・正しいかどうか不明だけど必死・・・
というはずでしたが インカムをつけたお兄さんとお姉さんが「はいはい、どうぞこちら」という感じでなにも聞かずにどんどん部屋に案内してくれました。
日本人女性3人ということで、わたしたちが入口で記念写真を取っているうちに先方は確認済だったようです

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入口にはなんだか偉そうな人が乗っているような車が並んでいます。
接待に多く使われるお店なのでしょう。

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まずは、お料理とビールを注文し、乾杯

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20歳前後のういういしい青年がお部屋の係りです。
日本語は話せません。お料理の説明が聞けなかったのは残念でした。
なんとなく私たち3人を前におどおどしている様子
たまに
「チャプチエ?」
「ポッサムキムチ?」
「ケジャン?」
とわたしたちの知っているお料理名を言うと、
「ねー、ねー、」(はい、はい)と嬉しそうに答えて、可愛らしい青年でした。

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さて、数々のお料理が始まりました

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食後のデザートはゆっくりと外でいただきました。

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お昼で約一人1万円、ひとつひとつのお料理は丁寧に作られていて、優しいお味という印象が残っています。
豊かな気持ちになりました。

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一人韓国旅では、屋台でチヂミやキンパを買って、ホテルの部屋で食べるということも多かったですから、たまにはこんな贅沢も、よいものです。


必敬斎
필경재 (ピルギョンジェ)
住所:ソウル特別市 江南区 水西洞 739-1
( 서울특별시 강남구 수서동 739-1 )
[道路名住所] [「道路名住所」とは?]
ソウル特別市 江南区 広平路 205
+82-2-445-2115
・営業時間:12:00~15:00 (ラストオーダー 13:30) / 18:00~22:00 (ラストオーダー 20:00)
( 서울특별시 강남구 광평로 205 )
by shinn-lily | 2014-07-15 22:40 | ソウル | Trackback

2014年6月 ソウル④今宵のお宿はエグゼグティブスウィート sanpo

今宵のお宿はウエステイン朝鮮ホテルソウル、エグゼクティブスイート。
二泊以上特典でエグゼクティブルームがスウィートにアップグレード。
余分な贅沢は好まない私たちではあるのですが、こんなサービスは大歓迎です。

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チェックインは別室で・・・初めてですこういうの・・・チェックインが終わると「コーヒーでもいかがですか」と・・・ああもう少し早く言ってくれれば、ぜひともいただきたかったのに、もはや早くお部屋に入って靴が脱ぎたい!
係りの女性と素敵な青年が荷物を持ってお部屋にご案内くださいました。
しかもチップはいただかないことにウエスティングループで決まっていますと。
ドアを開けると正面が3メートルもありそうな全面鏡

左がリビング、
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リビングからみてずーっと奥が
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ツインの寝室
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鏡の裏はシャワーブースとバス付き化粧室
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その隣にもうひとつトイレといたれりつくせり、
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アメニティーも充実しています。
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6時からはカクテルアワーで20階のラウンジでアルコールも提供されます。
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お昼に焼肉を食べているので、もう夕飯は食べられそうもありません。
美味しいと言われるお店はたくさん調べてきたのに、お腹はひとつです。
ゆったりとくつろぎながら、おつまみとフルーツ、もうこれで十分です。
とうとう二泊中両日とも夕飯はラウンジで済ませました。

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朝食はラウンジでもLL階のレストランアリアでビュフェでも好きにチョイスできます。
種類の豊富なアリアに行きました。
このホテルのスタッフはとても感じがよく、慇懃ではなく丁寧で誇りを持って働いています。しかも美男美女揃い、
お食事をしながら、「あの人は俳優になれるわね」などとイケメンを見つけ、たわいない会話もはずみ、
翌日の朝食時には「あの人いないわね」から始まり
遅く出てきたあの人は、私たちに向かって笑顔で相図・・・お部屋のアップグレードくらい嬉しかったわ。

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朝はスポーツクラブ付きスパへ・・・もちろん無料で使えます。
バスタブにお湯を張っているよりここへきてしまった方が楽です。
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人のふり見て施設の使い方を学び、温水が温度によって分けられているお風呂につかります。サウナもついて、水のボトルも自由にいただきました。
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二泊三日の短い旅ですがそれなりに、いろいろ訪問場所やレストランを調べて計画していたました。
それなのに、ホテルの居心地の良さにおのずと滞在時間が長くなり、思惑は惨敗でした。

実は当ホテルは韓国の歴史の渦の中で翻弄されたのです。
日韓併合時に賓客接待のため圜丘壇を取り壊して整備したのは日本、
その後アメリカ軍が軍政司令部を置き
独立指導者李承晩の執務室がおかれ、独立後はソウルを代表するホテルに
一時、北朝鮮に占領され
後に韓国軍が奪回
現在はアメリカのスターウッド・ホテル&リゾートの一員です。

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ホテルの敷地内にある復元された圜丘壇は中国でいえば、北京の天壇にあたります。
皇帝が国の安寧を祈ったり、祭典の儀式が行われた大切な場所なのです。
今は塀のみが当時のまま残っています。
韓国を歩くと、あちらこちらで、思わず「申し訳ない」とつぶやくことがあります。
豊臣秀吉と日韓併合、
申し訳ないことはたくさんあったとは思うのですが、今ひとつ歴史を検証し、真実を見つめて欲しいと思うこともあります。

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日韓併合がなければ、韓国はどうなっていたでしょう。
中国の一部?ロシアの一部?
歴史は戻すことができません。
だから今、新しい歴史つくりに未来を馳せたいと思うのですが、どうも漢江の流れは逆流しているようです。


ウェスティン朝鮮(チョースン)ホテルソウル(THE WESTIN CHOSUN SEOUL)
住所 〒100-070
   ソウル特別市中区小公路106
TEL +82-2-771-0500
FAX +82-2-752-1443
by shinn-lily | 2014-07-09 13:00 | ソウル | Trackback

2014年6月 ソウル③ 水原でオットケ!オットケ!

水原にある世界文化遺産「水原華城(スウォンファンソ」を以前から訪ねてみたかったのは、政治的陰謀が渦巻くなかで第22代正祖が夢見た理想に触れてみたかったからです。

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水原行宮で伝統武芸24技公演をしばし観戦。

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ドラマですっかりお馴染みの衣装で熱演。

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しかし槍がこちらに向かう時は、日本を、そして日本人を仮想敵として演じているのではないかと思うほど、身がすくみ、途中で帰ってきました。

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白熱の演技というべきでしょうか・・・観戦の間、隣にいた韓国人が私たち3人をガンミしていたそうです。
わたしは隣で気が付かなかったのですが、どうも居心地の悪い場所でした。

「22代正祖は暗殺された父を偲び、1789年には墓所を楊州から水原の顕隆園(隆陵)へ移し、定期的に参拝した。また墓所の周囲に華城を建設し、城内に行宮を設けた。水原への遷都が計画され、幾多の商工業者を誘致して自らの政治的理想を実現する象徴的都市建設を図り、また人民らに直接会ってその意見を政策に反映したとされます。」
しかし、病に倒れ、理想を実現することは出来ず、正祖の努力が水の泡となったのです。

5キロ続く城壁の中はなだらかに緑をなし、今穏やかに正祖の心が受け継がれているように思えました。さきほど受けた殺伐とした空気から解放されました。

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ここから電車仕立てのバスに乗って城壁にそって見学を予定し停留所で待っていました。

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ところが電車が来たときにはまさしくゲリラ豪雨、私たちの乗るはずだった便がキャンセルになりました。チャータの運転手さんは電車到着場所で待っています。
まわりの高校生も雨に濡れて大騒ぎ「オットケー、オットケー(どうしよう、どうしよう)」
わたしたちも「オットケー、オットケー」傘など役にたちません。

電車の運転手がわたしたちにビニールのレインコートをくれました。
雨の中、その心使いが嬉しかったです。
by shinn-lily | 2014-07-06 11:17 | ソウル | Trackback

2014年6月 ソウル② 旅の始まりはまず焼肉

おととし台湾に行って以来の3人旅、それぞれ、高齢の親が心配で2泊3日の旅が限度です。今回、旅の手配とコースはいっさいお任せいただきました。


まずは空港でチャーターのタクシーにピックアップしてもらい、水原(スウォン)に向かいます。
金浦空港から約1時間ちょっとです。

朝早く出てきて眠いはずなのに、久しぶりの3人旅は遠足のようで、興奮状態です。
台北から九分を尋ねた時のように、山の間を行くのかと考えていた二人は、切れることのないマンション群と水原の賑やかさに、予想を裏切られたようです。
まずはランチ
水原といえば焼肉です。
運転手さんになかなか素敵なお店に連れて行ってもらえました。
ヤンヨンカルビ(味付けカルビ)二人前、パム(ごはん)ひとつ、冷麺ひとつ、それにビール、運転手さんに教えてもらっていたとおり、オーダーしました。
するとテーブルの上はこんな状態に、おお!一人前でもよかったかのような量です。
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タイミングよくテーブルに来てはアジュマが焼いてくれますし、
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アジョシがたびたび網を変えてくれます。炭火焼きです。
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韓国はおかずを取り皿に取るのではなく、お箸でとって直接、口に運びます。
心が弱っている人や恋人には、食べさせてあげるシーンもドラマには良く出てきます。
昔から母にまず小皿に自分の分をとってから食べるように言われていたので、ついつい
小さな取り皿ひとつでは、わたしたちはどうにもなりません。
お皿を追加してもらいました。同じお箸を使う文化でもちょっとした違いが面白く感じられます
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隣のテーブルではわたしたちと同年齢のアジュマ連合が10人ばかり、にぎやかに女子会をやっていました。
ときおり「イルボン・・・イルボン」という言葉が聞こえてきます。
「日本人よ、きっと日本人よ」とこんな具合でしょうか?
だからといって、特別視をしているようにはみえません。
日本でわたしたちが近くのテーブルの人たちをみて、「中国人かしら?韓国人かしら?」とちょっとひそひそ話す感じに似ています。
イルボンって言ってもこちらがわからないと思っているでしょう~甘い甘い、ちゃんとわたしには聞こえましたよ。
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カルビは特上とまではいかなくても、それなりに美味しくいただきました。バンチャンと言われるキムチなど数々のおかずも、甘いものあり、辛いものあり、しっかりと味わいつくしました。
日本人もいない、日本語も通じない、拙い朝鮮語を使い冒険的要素もあり、心は躍りました。
もっともわたしたち3人そろえば、いつでも楽しいのです。


ポンスウォンカルビ
京畿道(キョンギド)水原市(スウォンシ)八達区(パルダルグ) 牛満2洞(ウマンイードン)103−1
住所(韓国語) 경기도 수원시 팔달구 우만2동 103-1
電話番号 031-211-8434
by shinn-lily | 2014-06-17 22:16 | ソウル | Trackback

2014年6月 ソウル 今

学生時代の友人3人で、ソウル2泊3日の旅です。

夕方ソウル市庁舎に近いホテルにチェックイン
翌朝、なにはともあれ、市庁舎前の広場にうかがいました。

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旧市庁舎の建物に大きく、「ごめんなさい」とあります。

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今年4月16日の大型旅客船「セウォル号」の海難事故での292人の犠牲者への祈りの黄色いリボンです。
わたしたち3人もそれぞれお悔やみの言葉と名前書いて、リボンからリボンに結び、ご冥福を祈らせていただきました。
未来を奪われた多くの高校生を想い、大切な家族を失った方々への想いに、ふいに涙が出てきました。

花で作られた祭壇で白の菊の花も献花させていただきました。
日韓関係がぎくしゃくしている今、日本人であるわたしたちがお参りさせていただけるかどうか躊躇していたのですが、係りの方々は丁寧に迎えてくださいました。
海難事故と、それに伴う問題は韓国にとって悔やまれることばかりに違いありません。
私たち外国人、特に日本人に対しては、非難されるような気持ちで拒否したいのかもしれません。
けれどもわたしたちは人としてご冥福をお祈りしたいと思いました。
そして、係りの方々もわたしたちを人として、丁寧に接してくれました。
なんの力がないわたしたちです。
心から亡くなった方々のご冥福を祈ることしかありませんでした。

犠牲者を悼む横断幕は水原華城でも見られ、(茶色)、日本語でも追悼の言葉が書かれています。

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平常生活を送りながらも、韓国の方々の心の奥に悲しい想いが沈んでいるように感じました。
そしてわたしたちの心の中にも・・・。


夕方東大門からタクシーに乗ってホテルに向かいました。
ロッテデパートが見えるあたりから車が動きません。
しばらく我慢していましたが、運転手が私たちに聞こえるように大きなため息をつくので、降りて歩くことにしました。
ホテルへの道を親切に教えてくれましたが、この辺りの地理はしっかりと頭に入っていますから、心配はありません。
きっとこの2キロ先の朝お参りをした市庁舎前でなにかをやっているに違いありません。
両方の道をいっぱいに警官がそちらに向かいます。
先に行くと歩行者の歩く場所もないくらい警官でいっぱいになりました。

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「パリ カー」(急いで行け)という上官の声が聞こえます。
警官の顔を見ればみな大学生くらいの若々しい青年たちです。
たぶん入隊中の青年でしょう。ういういしい顔つきですが、全体的に背は高くて立派な体格です。
約1年半の入隊と聞いています。

警官の向かう先は集会が開かれていました。

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ホテルの部屋から広場を見ました。

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これほどの人数の警官が警護しなければならないような集会にはみえません。
整然と抗議活動をしている様子、残念ながらシュプレヒコールの言葉はわかりませんでした。
そして静かに解散しました。


今回、旅先で優しい方々にたくさん会いました。
一方、やや違和感のある視線を投げられたこともありました。
7回目の訪韓でしたが、振り返ってみると日本人として微妙に神経を使った旅でした。
by shinn-lily | 2014-06-15 11:52 | ソウル | Trackback

ほほ笑みソウル 体にいいと言われても

体にいいと言われても、当店のお勧めはこれだって言われたって
これがいきなり出てきたから、思わずのけぞってしまいました。
おまけに、顔らしきものまでついていて
うこっけいと聞いた時、頭に浮かんだのはあのしっとりと深い黄色をしたカステラ、金沢からのお土産に頂いたあのカステラは極上だったので…あのイメージに引っ張られたの。
それなのに、うこっけいのお肌って真っ黒だったのね、
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ああ、普通のサムゲタンにしておけばよかった。
釜山で食べた普通のサムゲタンは美味しかったのに。
もちろん食べましたよ、私は。なにしろ普通のサムゲタンの2倍のお値段ですもの(約1800円)、やせがまんして食べましたよ。
妹は「サムゲタンを2つ頼まなくてよかった!」と鮑粥に集中してましたけど。

まだある、体にいいもの
ウエスティンホテルの朝食ビュッフェはウエスタン、韓国、和食、それにフレッシュジュースも種類があってなかなかでした。
蓮根かしら?いや穴はあいていない、穴模様だけ
まあ、ここに出ているものでゲテものはなさそうだし、お皿に載せましたが
一口食べて食材判明
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にんにく丸ごとの輪切り(西瓜のジュースの手前の輪切りの物体)
世界で一番にんにくの消費が多い国はイタリアと韓国と聞いていたけれど、
こんな丸ごと食べるの?みんなこんな風にして食べるの?おうちでも食べるの?
さすが、ひとくちだけでごめんなさいでした。

美味しいものは他にも食べたけど
ソウル国立博物館のレストランはお洒落でした。
サムゲタンと同じお値段で懐石風にサービスされる韓定食のランチ
どれもとても良い味でした。ここは静かでモダンでお勧めです。
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あんまり暑くて、ひとりで街でふらっと入ってしまったお店がなんとお寿司のお店
カウンターもあって、握り寿司も運ばれている。
うーん、困った、この暑いのにへんなお寿司も食べたくないし
おまけに日本語メニューもないから、なにかちょっとだけ口に入れてとお安いランチを頼みました。
いやー、これが美味しかった
おかずがたくさん並んだので、それもキムチだけではないので、
これでご飯を食べるのだと思っていたら
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ドーンとサラダの上にたぶんすずきのお刺身がのっている。
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おかずのどれをとってもそりゃとうがらしとにんにくの味がするのだけど、微妙に味付けが違って、特に鶉たまごの煮付けなどは、買って帰りたいほどうまい、いや美味しいのです。
ご飯とおかずを品よく食べていたら、綺麗なお姉さんが寄ってきて、サラダにごはんを入れてコチジャンをかけて混ぜなさいというジェスチャー。そういえば隣の男性もさっきから同じものを混ぜ混ぜしているじゃないですか。
お姉さん、わたしの食べ方を見かねて教えてくれたのね。
こんなに食べて350円だから、申し訳ないほど。
お店の名前は覚えていないのだけど、次回も行きたい!
東大門ミリオレ裏のファッションビルの2階ね

そして最後の朝、どうしてもソルロンタンというものを食べて帰りたい!
明洞のそのお店に行けば、もう並んでいます。ほぼ日本人。
韓流ドラマ「華麗なる遺産」のモデルとなったお店。
「屋台から始めてめてソルロンタンのチェーン店をつくりあげたおばあさんが倒れているところを助けた当時貧乏な主人公の女性、そうとは知らずおばあさんにこれを食べれば元気になるからとおばあさんのお店のソルロンタンをお土産にもって帰る…うるうるの感動シーンを見て以来、ソルロンタンを一度食べてみたいというささやかな願いをかなえました。
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シンプルだけど、味わいがありました。
おばあさん、すごいわ。

韓国を歩いていると、個人の食堂がたくさんあります。
戦後きっと露店や屋台で始めた食べ物屋が大きくなったのではないかと推測します。
お店はモダンではないけれど、綺麗ではないけれど、美味しいものを食べさせてくれるし、
しかも、みんな体に良さそうなものばかりです。
韓国の人は一食、一食を大切に食べる、ゆえコンビにご飯は進化しないと聞いています。
イタリアンレストランがどんどん増える東京の都心とは一線を画していて、
何度も韓国に行きたくなってしまうのは、このひとつひとつのお店の主張を味わいたくなるせいかもしれません。
by shinn-lily | 2012-09-12 23:24 | ソウル | Trackback

ほほ笑みソウル それでも仲良くしたい

日経新聞の最終面に「私の履歴書」という人気シリーズがある。
どの人もたいてい成功への足がかりを得るまでの内容が興味深い。
おりしも同僚が「私の履歴書」的な「李明博士自伝」新潮文庫を貸してくれた。
この本もやはり、李明博大統領が現代建設に入社し、タイの大工事にかかわるあたりまでが面白い。
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李明博大統領は日本で生まれた。第二次大戦後、4歳の時家族で韓国浦項(ポハン)(韓国最大の鉄工所ポスコがあるかつての漁村)へ引き上げる。船で韓国に引き上げる際、定員オーバーの引き上げ船が対馬沖で沈没し、全員助かったがわずかな財産、持ち物は全て失い、身ひとつで韓国に上陸した。食べるものにも住むところにも困る毎日、母親について仕事を手伝った。どんなに貧しくても、人の手伝いをしても、人様からものをもらうことは、母親からきつく禁じられていた。厳格に育った。
二人の兄が優秀であったことから、彼への教育について両親は無関心であった。
定時制の高校はトップであれば授業料が免除となる。免除がなくなれば退学することを条件に最後まで通い通した。睡眠は4時間、リヤカーで果物を売って家族を助けた。定時制の高校から高麗大学(日本の早慶に匹敵)に合格したのも異例であるが、入学金も授業料も払うメドがない。助けてくれる人が。彼に仕事の世話をしてくれた。その仕事梨泰院(イテウオン)(米軍基地が近いことからインターナショナルな観光の町)のゴミ掃除をやりつづけ、大学を卒業した。在学中に 6・3デモ(韓日会談反対デモ)を主導し、内乱扇動罪に問われ、投獄される。現代建設に入社、28歳で理事(取締役)、35歳で社長、46歳で会長に就任 し、現代建設を韓国のトップ企業に押し上げた。’92年退社後、国会議員として政界入りする。2002年ソウル特別市市長に当選。’07年大統領選挙に当 選し、’08年2月、第17代大韓民国大統領に就任 。


竹島に上陸後、梨明博大統領の低迷していた支持率は17%から上昇することになった。
上陸時の顔が何故かおどおどしてみえる。
経済界出身の大統領に、厳しい経済環境を打破してくれるのではないかと、期待が高かった。
しかし、経済は低迷しつづけ、良いとみえるのは一部の民間企業、例えばサムスン電機、現代グループなどが頑張っているだけなのだ。
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                       (李明博大統領がソウル市長時代、大掛かりに整備した東大門あたり)

李明博大統領にとって日本は敵なのか?
確かに現代建設時代には、各国での入札は日本が必ず競争相手となってきた。
商売上、日本を常に意識している様子はうかがえた。
あるいは、4歳までの彼の記憶に日本があるのだろうか?
慰安婦問題は当事者にとって解決の日はないだろうが、これまで、お詫びのために
積み上げてきた実績がある。それをゼロに戻すというのであろうか。
秀吉時代から韓国には肩身の狭い日本人ではあるが…。

自伝によれば、李明博という人間は自分個人の利のために動くことはない。
人の頼みごとにも融通がきかないほど頑固であったと記してあった。

母と10年前にソウルに行った時、
この年代の人たちには韓国に対して多少の偏見があるが
「韓国の若い人たちは本当に優しい」と韓国に対するイメージが変った。
また仕事上おつきあいしている韓国の女性の素敵なこと
会えば、仕事抜きにおしゃべりがはずむ。
そして、これまで韓国にまるっきり興味のなかった妹も、
次はいつ行こうかと考えていそうだ。

人と人のおつきあい、顔を合わせればつながる
そんなつながりを大事にしたいと思っている。
近くて遠い国が近くて親しい国となることはあるのだろうか?

化粧品と屋台とファッションと食べ物屋などごちゃ混ぜに並ぶ明洞の街は
この日も相変わらず何事もなく賑わっていた。
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by shinn-lily | 2012-08-28 22:50 | ソウル | Trackback