カテゴリ:釜山( 9 )

ぐるぐる釜山・カムサハムニダの旅 最終章

ながなが釜山の旅におつきあい頂き有難うございます。
最期は釜山ロッテデパートにて。

早い夕食を済ませ、デパートの入り口で・・・・視線を感じました。
若い男の子たちがなにやらしゃべりながら私を見ています。
キャッチセールスって韓国にもあるのかなと思いながら足早にデパートに入ろうとすると声をかけられました。
「すみません、日本人ですか?」
ほとんど現地化していると思ったのに、日本人ってわかったのかなと足を止めると3人の若者。
「すみません、私たちは○○経済大学の学生です。
日本人に意見を聞いて学校にレポートを提出しなければならないのでお願いします」
と用紙をみせられました。
たどたどしい日本語で、名前と住所を書いてくれというので、
「それは個人の情報だからできません。けれども名前と神奈川県だけならいいですよ」と書いてあげました。
内容は韓国に観光に来てどのように感じたかという質問で
「人々がやさしく、また来たいなど」と書きました。
今度は写真をとらさせてくれといいます。それがないとレポートが完成しないらしい。
ちょっといやだなと思ったのですが、「じゃあ私も写していい?」と交換条件にしました。
それが可愛くて、3人とも一生懸命髪を直すのです。
b0116765_2264783.jpg

これなら住所を聞いて写真を送ってあげればよかった。
みんないい青年でした。韓国の未来は君たちにかかってますよ!

次に、頼まれていた明太子を買いに。
昨日下見をして、20%引きのチケットももらったおかあさんのところで買おうと決めていたので、まっすぐ
そちらに向かいました。
いくつかのお店が出店しているようで、大競争なのです。昨日の下見で3枚の名刺をもらっていました。
明太子とイカの唐辛子漬けとたらの唐辛子漬けを3set買って、20%ひいて、しかもいかを3袋おまけにつけてくれました。
それから、自分の売り場をほったからしで、レジまで一緒に行ってくれて、お土産用の袋をたくさんくれて
しかも私がもっていた買い物袋に持ちやすいように詰めてくれました。
なにかその一生懸命さとやさしさに心をうたれ、写真をとらせてもらいました。
b0116765_22165481.jpg

ブログに写真を載せる許可をもらってあります。
どうか、これから釜山にいらっしゃる方、お土産の明太子など、こちらのおかあさんで買ってあげてください。
紹介されたというときっと、おまけをくれると思います。もちろん安くしてとお願いしてみてね。
ロッテの明太子売り場を目指していくと最初にこの方に会うと思います。
今日も一生懸命売っているのでしょうね。なんだがまた会って、たわいもないおしゃべりして友達になりたいような方でした。
味もとても良かったです。あまりに美味しかったのでソウルでもと家人に頼まれました。

400円のフェイスエステの素晴しいテクニックに感激し、屋台の80円のちぢみや海苔巻きを食べ、
たくさんの方たちに優しくしてもらって、
この旅でまたひとつ人生の跳び箱を超えられたような・・・?

釜山の皆様 お世話になりました。カムサハムニダ
そしていろいろ情報を下さったブログでお知り合いになった皆様、くどい記事におつきあいくださった皆様
本当に有難うございました。

追伸:ご迷惑なことに予測もしてなかったソウルのレポートが続くことになりそうです。
by shinn-lily | 2009-06-21 22:45 | 釜山 | Trackback | Comments(4)

ぐるぐる釜山・カムサハムニダの旅 9

酔っ払いは嫌いだ!

バスに乗って広安里という海辺の町に行きました。
b0116765_2231961.jpg

朝早かったので、朝食を食べるお店がみつかりません。
b0116765_224349.jpg

魚の卸市場をぬけてこのお店にたどりつきました。
よくある、店先で魚を選んで二階の食堂で調理してもらうスタイルです。
b0116765_2245269.jpg

選んだのはこの白黒の魚と
b0116765_2253050.jpg

たことかに
b0116765_22162627.jpg
b0116765_22172714.jpg

30000w約日本円で2400円、ぼられているのかな?高い!
ともかく2階にあがる。
朝からひとかたまり、5,6人の男性集団がお酒を飲みながら賑やかにやっている。
ひとりの酔っ払いが店の女性にからんでいる。やな予感。

やがて料理がひとつ、ひとつ出来あがって
b0116765_6361559.jpg

口の中にすいつくたこも白身魚の刺身も愛想がないもりつけではあるがなかなか美味。
うーん、ご飯が欲しい。ジェスチャーでいろいろ言ってみるけど通じない。
言葉がなにも通じない。ご飯ってなんて言ったけ?
そこにあの酔っ払いの男がやっってきた。
「イルボン?」(日本人?)
ほっといてくれと心の中で言ったけど・・・・。
結局日本語も英語も話せないのに、私が欲しがっているものを言い当て、お店の人に伝えてくれた。
b0116765_6432769.jpg

自分の仲間に「おれはイルボンが困っているのを助けてやった」と仲間に自慢している様子。
人はそう悪そうな顔をしていないけど、単純な男だ。

問題はこれからだ
「私はあなたにサービスしたから、酒をおごれ」と言っているらしい。私のテーブルの横から離れない。
お酒の一瓶で静かににしてくれるのなら、お安い御用(物価が安い)だが、きっとこの男はその後もうるさいに違いない。
「no!」
店の女性はそれでいいとうなずいている。さっきからまれていた女性だ。
それでもなんだかんだとワーワー言っている。

そうそうに食べ終え、お店を出ることに
階段までついてくるが、男はそこの入り口で止まる。
よかった!
平静を装うために一応その男にも挨拶をして店を出て、すぐに角を曲がって店から見えない道に入った。

エンジェルホテルの李さんに綺麗な海辺だからと勧められて来たが、ガイドブックがないのがつらい。
ぐるっとまわったら、またその店が遠くに見える場所に出てしまった。
なんと、あの男、店の前に立ってじっとこちらを見ている。
きゃー!もうこの町を離れよう。
すぐにタクシーに飛び乗った。

さんざんな朝食、でもこれがとびきり美味しかった!
b0116765_722967.jpg


韓国では比較的みなグループで歩き、女の一人旅はめずらしいらし。
あちらこちらで「一人?」って声をかけられました。
そういう日本語が話せる方とは一人ゆえお話が出来て、楽しい瞬間になるのですが
酔っ払いはなんとも手におえません。しらふなら善良な人なのでしょう。

そして教訓
一人ではガイドブックにないところに行かないこと。
「ぐるぐるプサン」のガイドブックの有難味を深くかんじたのでした。

美しい海岸線はタクシーから少し見えました。
ま、旅だからこんなこともあるさ・・・・。
by shinn-lily | 2009-06-18 22:28 | 釜山 | Trackback | Comments(12)

ぐるぐる釜山・カムサハムニダの旅 8

初めて、一人で地下鉄に乗って 宿泊地の西面(ソンミョン)から南浦洞(ナンポドン)に行くことにしました。
やっとチケットを買って、さあどこの改札口に入ればよいのでしょうか?
韓国の地下鉄は駅の番号があって、ラインは色別になっているのでわかりやすくなっているのですが、
その色がよくわからなくて、路線図を片手にうろうろしていると
暇そうなおじさんが寄ってきて手元を覗きます。
観光客をねらう怖い人?と一瞬でも思ってしまってごめんなさい。
親切に、身振り手振りで入り口を教えてくれました。
改札口を通って階段を降りると
b0116765_2350189.jpg

こんな具合で、ホームがありません。
やーだ、おじさん、違うところを教えてくれて・・・と一瞬でも文句をつぶやいてごめんなさい。
本当に親切な方でした。
まさしくここはホームでした。

2人のおかあさんが並んでいたので、「南浦洞?」というと、ここで大丈夫と。
線路が見えないわけです。、電車が着くとドア位置でガラス戸が開きました。
お母さんたちは慣れた様子で座り、取り残された私はドアのところで立っていました。
しばらくすると一人のおかあさんの隣の席が開きました。
おかあさんは席を手でふさぎ、もう一方の手で私に座れと呼んでくれました。
ガイドブックを一緒に見ながら、指差し会話をしていると、あっという間に南浦洞。
離れた位置に座っていたおかあさんも、次だと合図をおくってきます。

皆様の親切におされるように目的地につきました。
b0116765_035335.jpg

まずは朝ごはん、あわびのお粥
b0116765_045851.jpg

お店の中は日本人ばかりで、それはそれでいいのですが、なんだか気恥ずかしい。

地図をたどってチャガルチ市場に
b0116765_08114.jpg

市場の中を抜け、海にでました。潮の香りがします。
b0116765_0144865.jpg

釜山は山が迫っているので、家々が山にへばりつくように立ち並んでいます。
この建物の色が印象的です。

国際市場にも行きました。
b0116765_0173478.jpg

店先のゴザの上に古着が積んであります。
どこから持ってくるのか、こういうお店がたくさんあります。
1着、80円・・・、お店の棚を拭くのに、ひょいと山から1着つまんで使い、また山の中にほうったのを・・・私はちゃんと見ていました・・・が、韓国も3日目になるとこういうアバウトな生活態度もいいじゃないと思う自分を発見。

歩きつかれてちょっと早めのお昼を
「ぐるぐるプサンガイドブック」おすすめの「元山麺屋」に行きたいのですが、最後の細い道がよくわかりません。
ガイドブックをひっくり返したりして方向を探していると、またもやおじさんが寄ってきました。
「どこへ行きたいの?」と聞いているらしい。お店の写真を見せて
「オーディエヨ」と片言で聞きました。
おじさんはわからないらしく、ガイドブックを取り上げ、近くのお店のおかあさんのところで聞いてきました。
教えてくれた方向へ進み、後ろを振り向くと、じっとこちらを見て、「もう少し行け」と手振り
ありました!
「ここ?」と身振りで聞くと遠くで手を丸くかかげてくれています。
b0116765_031257.jpg

この冷麺、今回の釜山の旅で一番の味といえるほど美味しかったのです。
お茶代わりにスープをやかんで置いていってくれます。
冷たい麺をツルリ、暖かいスープゴクリの連続であっという間に終わってしまいました。
思わずおかわりしようかと思ったほど、今度釜山に行ったらすぐにでも行きます。

たくさんの人にお世話になってまた、西面にもどってきました。
エステの申し込みにいかなくては
ロッテデバートに行かなくては・・・・ああ、忙しい!

なにはともあれ、本日もヨロブン、カムサハムニダ!
by shinn-lily | 2009-06-06 00:52 | 釜山 | Trackback | Comments(20)

ぐるぐる釜山・カムサハムニダの旅 7

石窟庵(ソックラム)の入り口には静かでした。
b0116765_22223887.jpg

しかし、これから廻るどの旧跡も子供、子供
b0116765_2219889.jpg

ガイドの趙さんがその訳を教えてくれました。
仏国寺に前のお昼を食べた食堂の下にかなりのユースホステルが立ち並んでいて
韓国の国中の子供たちが修学旅行で慶州に来ると、これらのユースホステルに宿泊するそうです。
b0116765_22192841.jpg

ユースホステルでは常駐のリーダーがグループごとにバスで慶州を案内し歴史の勉強をします。
丁度日本では京都。奈良に行くように。
ともかくこの子供たちの元気なこと、
国立慶州博物館には興味ある仏像が数々あり、ゆっくりと仏様と目をあわせて見学したかったのですが、
走り回る子供たちに、思いがかなわず、残念でたまらず、腹立たしい気持ちでした。
b0116765_2220263.jpg

ボストン美術館に来ていた子供たちは絵を見るときはきちんと静かにしていました。
日本の子供たちは、きっと韓国の子供たちのように賑やかに違いありません。
欧米では公共の場でのマナーを子供の頃から厳しくしつけられていると聞いています。

でも不思議なんです。あんなに腹ただしかったのに
少し時間がたった今、
あの大勢の子供たちへ、
元気でまっすぐ成長して欲しいと願うのです。
元気な子供たちは国の宝です。
しっかり育って、学んで欲しい。

ところで、あの子供たちはユースホステルのリーダーからどのように日本のことを伝えられたのでしょう。
仏国寺は日本人によって燃やされました。
石窟庵は倭寇の襲撃の阻止を願って建立された。
事実は事実としてまっすぐ伝え、現象だけでなくその背景を学び
本質をとらえ、未来に向かって欲しいと
今あらためて願います。
by shinn-lily | 2009-05-28 23:02 | 釜山 | Trackback | Comments(6)

ぐるぐる釜山・カムサハムニダの旅 6

「お昼は何を食べましょうか」
仏国寺、石窟庵(ソックラム)とかなり歩いた後、運転手の趙さんが私に聞いてきた。
「なんでもいいですよ、わからないから」
「はい、わかりました。山菜ビビンバはどうでしょう」

車は仏国寺の前に広がる食堂街に戻り、それほど大きくない食堂の前で車をとめた。
「アニョンハセヨ」
慣れた感じで食堂に入ってゆく。週に2回慶州にきている趙さんのなじみの店なのだろう。
b0116765_6501989.jpg


店には一人の日本人と別のテーブルに韓国人の男性がいるだけだった。
50代はじめと思われる店の女性はその男性の隣のテーブルに座ってしゃべっていた。
趙さんが注文をすると女性はゆっくりと立って調理場に消えた。
この食堂にはどこか忘れてしまったのどかな空気が流れていると感じた。
趙さんはかいがいしくどこの店にもあるようなステンレスのカップに水を注いできた。

やがてワゴンで数々のおかずが運ばれて、テーブルがいっぱいになる。
b0116765_6323087.jpg

この店の小皿は特に種類が多い。
今日初めて会った趙さんと同じお皿をつつくのはちょっと気持ちがひるんだ。
趙さんはそんなことは感じさせない勢いでつまんでゆく。
そして私にもすすめる。
どんぐりでつくったつまみは戦争中食べ物がなかった時代によく食べたという。
チヂミは町で食べたものよりあっさりしていて、醤油をつけて食べる。
青とうがらしに味噌がのせてある小皿、その味噌を舐めてびっくりした。
ああ、なんと風味のある味噌なのだろう。
ここの小皿はどれも気持ちがこもっていると感じた。
メインの山菜ビビンバが運ばれてきた。
b0116765_647492.jpg


混ぜる、混ぜる、そして食堂の女性も趙さんも私に混ぜろとやってみせる。
わかってるって・・・ビビンバは混ぜるってことくらい。
心でつぶやきながら、でも軽く混ぜておしまいにした。ご飯が粘ってくるのは好きではないからだ。
どうしてもっと混ぜないのという視線を感じながら、その視線を無視して私は食べ始めた。
日本ですき焼きを外人と食べるとする。その外人が玉子につけないで食べたら私の中に不満が残るに違いない。
玉子をつけて食べなければすき焼きではないと。
きっと私の食べ方に不満をもっているのだろうなと思いながら、断固自分流に食べていると、もう一皿テーブルに届いた。

b0116765_6481851.jpg

たらの芽のチヂミだと趙さんは説明した。
女性はそれを指をさして、「サービス、サービス」と言った。
貴重なたらの芽をこうして食べるのは初めて、ということはチヂミは何を入れて焼いてもいいのだと新しい発見に嬉しくなった。
「マシソヨ、マシソヨ」心をこめてオーバーなくらいに言いながら、ほうばった。
趙さんは
「好きですか?いっぱい食べてください」と自分は少しだけつまんで私に後は食べろとすすめた。
こういう状況では残すわけにはいかない、もうお腹は充分いっぱいであったが、山菜らしい苦味が心地よく、ひたすら食べ続けた。。

「趙さん、たばこね。私は一人でゆっくり食べるからたばこをすってきてください。」というと
趙さんは
「そう、じゃゆっくり食べてください。」と外に出ていった。
お客さんの前では吸ってはいけないという規則がありそうだ。さきほど私は趙さんがポケットにたばこを入れるのをみていた。

ひとりになると店の女性の母親かと思われる、70代くらいの女性が店に顔をだした。
厨房にいたようだ。この人が作っていたのであろう。
私は声をかけてみた。
「オモニ、マシソヨ」
おかあさんはうんうんとうなずき私の隣のテーブルに片方のひじをついてすわった。
「どこから、いらしたの」
ああ、この方は日本語が話せる。
「川崎です。」
「川崎?」
「私は調布に住んでいましたよ」
「では、近くですよ。川崎といっても調布に近いほうです。」
「えーと、登戸だったかしら?そこで乗り換えて仕事に行っていました。なんといったかしらあの電車」
「南武線ですか。」
「そうそう、南武線。日本で国民学校に通いました。」
私は今はきれいな電車になっているけれど、昔は山手線のお古のような茶色の車両を思い出した。
おかあさんが日本の国民学校に通っていたのは、日韓併合の時期に違いない。
どうして日本へ?どうして韓国にもどられたか?
日本どうでしたか?
聞きたいと思った、でも聞けなかった。日本人として日韓併合に対して罪悪感をもっている。
おかあさんの人生をえぐるようで、それ以上聞けなかった。
ご苦労があったと決め付けるのもいけないと思うが、なかったわけがない。

「おかあさん、このお味噌はとても美味しくてびっくりしました。」
「これは、手作りです。私がつくりました。」
ああ、このお味噌、譲ってもらいたい、母に食べさせたいと思ったが、その気持ちをおさえた。
その場で味わって、すっきりそこでおしまいにするのも、ひとつの旅の流儀でもあると考えたからだ。
「たらの芽のチヂミ、有難うございます。」
「ああこれ?、日本の方はみんなたらの芽が好きだから。」
「好きです。好きです。とても、マシソヨ、カムサハムニダ」
せいいっぱい気持ちを伝えたかった。

やがて趙さんが店に戻って来たので、
「食べ終わりましたよ、いくらですか」と声をかけた。
お昼は運転手さんの分まで払うことになっている。
「2万ウォンです。」
韓国のお昼の金額としてはやや高いとも思ったが、この気持ちのこもった料理には、これだけ払う価値が充分あった。
私は日本円で約1500円、2万ウォンを趙さんに渡し、趙さんはそれを女性に渡した。
いつのまにか日本人男性客と韓国人の男性に代わって、韓国人のご夫婦が私たちと同じ山菜ビビンバをスプーンで力強く混ぜていた。
それを横目で見ながらおかあさんと女性に挨拶をして店を出た。


車に揺られながら、このおかあさんの言葉は丁寧で美しい日本語であったことに気づいた。
ほんの少しだけ言葉交わしたこの時間を頭の中でくりかえしながら、私たちは次の目的地である国立慶州博物館にむかった。

「おかあさん、日本人のこと嫌いではありませんか?
美味しいお昼をカムサハムニダ」
by shinn-lily | 2009-05-22 07:28 | 釜山 | Trackback | Comments(12)

ぐるぐる釜山・カムサハムニダの旅 4

慶州には奈良とは比べものにならないほどの古墳が点在しており、新羅1000年の歴史を感じさせる歴代の王が葬られているといいます。
その中でも特におおきな古墳群が大陵苑(デーヌンウォン)です。
b0116765_2259387.jpg

b0116765_230213.jpg

その中のひとつ天馬塚(チョンマチョン)は中も公開されています。
エジプトの遺跡と違って盗賊の難は免れていたようで、貴重な金冠や装飾品などが出土していて、そのレプリカが展示されています。
b0116765_2304523.jpg

蒙古の文化の影響も受けているせいか腰を飾る金のベルトなどは日本とは異質なものを感じますが、
翡翠のまが玉などは私たちが博物館で見るものとまったく同じでした。
本物は慶州国立博物館に展示されています。
古墳群の中に白い花を枝いっぱいにつけた木をみつけました。
b0116765_2312426.jpg

その花の可愛らしいこと、見たことのない花です。
b0116765_232315.jpg


この大陵苑のある地区は皇南(ファンナム)といい、名物に有名なここでしか買えない皇南パンがあります。
b0116765_232486.jpg

餡子がぎっしり詰まったこのお饅頭を買って帰りたいと思っていましたので、運転手の趙さんにまわってもらいました。
b0116765_2335091.jpg

この日は運よくすんなりと買うことが出来ました。
b0116765_2342559.jpg

早速ほかほか饅頭を趙さんとおやつに
b0116765_231108.jpg


この皇南パンのお店のまわりには皇南パンもどきのお店がいっぱいあります。
そしてこのあたりの街路樹の美しいこと、
さきほど陵のあたりで見た白い花をいっぱいに身にまとった木が道の両側に続き、この美しい並木は息を呑むほどでした。
b0116765_2352541.jpg

この木はなんという木なのでしょう?
帰国後にネットにいろいろキーワードを入れて調べてみましたがいきあたりません。
でも幸運なことに、私の目の前にその花が現れました。
興味のある方はこちらの5月10日の記事を覗いてみてください。
今回釜山の情報を沢山くださったirihinidefuneさんのサイトです。

これで、のどのつかえがとれました。
でも困ったことに、今度の連休には対馬に行ってみたくなりました。
そもそも今回の旅は釜山が対馬に近い所から行ってみたくなったのですから。

それで皇南パンはどうだったか

さすが名物、素朴でさらっとした餡が美味しくて、家族にも大評判でした。
花より団子?、団子より花? いえいえ団子も花も、素敵なひと時でした。

More こちらにもなんじゃもんじゃ
by shinn-lily | 2009-05-12 23:17 | 釜山 | Trackback | Comments(12)

ぐるぐる釜山・カムサハムニダの旅 3

慶州を旅する・・・仏国寺(ブルグッサ)

高校を卒業した春、奈良談山神社から多武峰を越して、明日香を旅しました。
石舞台、日本最古の飛鳥寺を訪ね、川原寺跡を歩き、聖徳太子生誕の寺、橘寺に宿泊をしました。
この時の印象が強く、この飛鳥の地を作り上げた百済の建築家、瓦工、彫刻師などの技術集団の故郷を尋ねたい、これが今回の旅の目的のひとつでもありました。

朝8時、飛鳥に似ているといわれる慶州に行くためにチャーターした車の運転手兼ガイドの趙さんがホテルに迎えにきてくれました。
釜山から約1時間慶州インターを降りると、サービスエリアで一休み
b0116765_1650342.jpg

殺菌の戸棚にカップが容易され、お水もお茶も自由に飲むことができます。
まだ時間が早かったので、ほとんど人がいません。普通は朝9時釜山出発だそうで、1時間も早いスタートでした。
インフォメーションで日本語の慶州パンフレットと地図をもらって、仏国寺をめざします。
b0116765_16504938.jpg

車を降りて、新緑の中を登って行きます。
b0116765_1658319.jpg

仏国寺の門が見えてきました。
b0116765_16565766.jpg

葉紅葉のトンネルを抜けると、写真でよく見た青雲橋、白雲橋33段の階段です。
33の階段は修行僧が33の艱難辛苦を乗り越えて釈迦の世界に入ることを象徴しているそうです。
もう、20年前くらいにこの地を訪問した母によると当時は韓服を着た老人もいっぱいいたそうです。
b0116765_16594932.jpg

この賑やかな提灯は5月2日が旧暦でお釈迦様の誕生日なので、それを祝うためのもの、このへんの色の使い方は日本とは違います。
33階段は国宝で登ることができません。
わき道から上がると大雄殿、仏国寺の中心にあたります。
b0116765_17132512.jpg

人が少なくてゆっくり見学ができます。日本人の観光客もちらほら
b0116765_1716188.jpg

ところが、この後、静かなひと時は破られます。
b0116765_2125785.jpg

ここで祈れば亡くなった家族が極楽にいけるというので、
子供たちをかき分け、お願いをしました。
子供たちはどんどん増えます
b0116765_2127553.jpg

おかあさんたちは木陰で一休み 隣は瓦に願いを書いて奉納
b0116765_21292947.jpg


新羅の文化遺産仏国寺は1995年世界遺産に指定されています。
751年新羅の金大城が現世の親のために創建し、しかし1593年秀吉が派遣した加藤清正がこの寺と文化財を焼き討ちにしたのです。残ったのは石の部分だけで、1969年から1973年今の姿に再建されました。
入り口の掲示はこうなっっています。
b0116765_21532142.jpg

文禄の役で消失したと記されているだけで、日本という文字はありません。
日本の観光客が多いことに配慮されているのでしょうか。
大勢いた子供たちに、この歴史はどう伝えられているのでしょう?
日本のルーツを求めて訪問した仏国寺でしたが、なにか肩身の狭い気持ちで後にしました。

ガイドの趙さんはこう私に言いました。
「昔はみんな戦争で殺し合いをしていた。
韓国を攻めてきたのは日本だけではない。
モンゴルも中国も攻めてきた。
それなのに日本のことばかり悪く言って、謝罪をもとめている。
戦争はみんな残酷なことをします。」

どこか心もとない日本語がいっそう寂しく感じられました。
趙さん、日本人の私に気を使ってくれてカムサハムニダ
by shinn-lily | 2009-05-09 17:21 | 釜山 | Trackback | Comments(6)

ぐるぐる釜山・カムサハムニダの旅 2

さあ、なにはともあれ朝ごはんを食べよう!

NW航空では軽食がでて、ジュースもコーヒーも出たので夕食はこれでおしまい。
1時間半のフライトにしては美味しい食事に満足、ホテルに着いたのは夜9時半でした。
というわけで、翌日朝6時からご飯を求め、街にでました。

チキンのから揚げのお店も開いていたけれど、さすがに朝からちょっとヘビー、
まだ空気が冷えていたので暖かいものが食べたい
それで、これ・・・うどんにチヂミ
b0116765_11562922.jpg

うどんは日本のと同じ、でも塩味、
チヂミは韮に豚肉ではなく、いかが入っていて、暖かくして出してくれる
うーん、美味しい・・・ごま油がちょっと効きすぎだけど、するすると夢中で食べていると
b0116765_12630100.jpg


「九州?東京?」
となりでキンパッを巻いているお母さんが聞いてきます。
「私 大阪にいた」
と片言で話しかけてくる
「お母さん、マッシソヨ(美味しい)」
うんうんとうなずきながら、手を休めず
「これも」
とキンパッも勧める。
大好きだけど、そんなに食べられないから、お腹いっぱいとジェスチャーでアピール

ホテルのフレンチもいいけれど、こういう場所で地元の味を美味しいと感じるのも嬉しい
320円の朝食でした。
b0116765_1285855.jpg

釜山初ご飯、大正解

お母さん、大阪でなにをしていたのかな?
どうして釜山に戻ってきたのかな?


今回の宿泊は釜山ナビの口コミでお勧めの多かった西面(ソミョン)のエンゼルホテル
釜山の渋谷のような若者が集まる賑やかなこの街、一人旅にはどこにでもアクセスが良いことで決定。
しかも、ダブルの部屋、1泊3100円、4泊で12400円、ロッテホテルの1泊分
あまりに安いので、かえって心配でした。
b0116765_14104398.jpg

私の部屋は丁度この白い壁の上のあたり、広くはないけれど、清潔で部屋に入るとたたきで靴を脱ぎ、自分の部屋のように素足でフローリングの床を歩けるでとても楽でした。
それにスタッフが親切、大きなホテルにはない気持ちのよい対応は一人旅にとっては心休まるひと時でした。
帰国の翌日、「このたびはご利用頂き・・・」とメールが入りました。
ホテルからお礼メールをもらったのは初めてでした。

ホテルのまわりはこんな賑やか
b0116765_1420115.jpg

メインストリートの朝
b0116765_14204146.jpg

夜は人も車も身動きが取れないほどの混雑も、祭りの後のちらかりよう、
このあと、清掃が入り、街はすっかりときれいになり、新しい一日を迎えます。

実は前夜、このホテルまで、飛行機で隣合わせた千葉の五井海岸からきた青年とタクシーを同乗しました。
青年はワーキングホリデーでオーストラリアに滞在中知り合った友人を訪ねながら、10日間の旅だとか、
反対側の席には日本のIT業界で働く韓国のお嬢さん、1年ぶりの里帰り、途中まであまりに日本語にくせがないので日本人かと思っていましたが、入国カードが違うので韓国の方とわかりました。
2人とも偶然娘と同じ年齢、ホテルが近いことを彼女に教えられて、同乗することに・・・
夜のタクシー、心細い思いをしないで、楽しく語りながらホテルに着いたのです。
名前も聞かずに分かれたけれど、2人とも今も韓国の地で楽しんでいるでしょうね。

美味しい朝ごはん
お母さん、カムサハムニダ

優しいもてなし、
エンゼルホテルのみなさん、カムサハムニダ

そして、機上で楽しいおしゃべりを
2人の若者へ、カムサハムニダ
by shinn-lily | 2009-05-05 12:20 | 釜山 | Trackback | Comments(14)

ぐるぐる釜山・カムサハムニダの旅 1

これまで3回ソウルに行きました。最後に訪れたのが7年前、それから韓流ブームがおきて、そのブームの中私の気持ちが韓国から離れていました。
最近、宮本常一著『忘れられた日本人』という本の「対馬にて」という文章の中で対馬は日本と韓国の間にあることを知りました。
こんなに近いお隣の国、韓国への興味が再び沸いてきて、いつかまた訪れたい、それも日本に一番近い街へ、そうだ釜山へぜひともと思っていたところ、忘れていたマイレージの期限切れ間近の案内が・・・
こうして、生まれて初めての海外一人旅が始まりました。



旅はここから
b0116765_013333.jpg

やれやれ、私がどこかに行こうとするとなにかおきる。
しかし、このチャンスを逃したくない。行くしかない。

今回、ブログの中でお知り合いになった方からいろいろ情報を頂き一人旅をバックアップしていただきました。
bh2005k さん
snowy_opalさん
特にirihinidefuneさんには資料を送っていただいたりアドバイスをいただきました。
そして教えていただいたガイドブックがこれです。

b0116765_0311294.jpg

これがなければ今回の旅はどうなったことでしょう。

irihinidefuneさんが細かい案内を書き込んで送ってくださった地図はこのガイドブックの表紙にして持ち歩きました。
b0116765_039166.jpg


「本日のカムサハムニダ」
アドバイスを下さった皆さまへ
ヨロブン カムサハムニダ!                                 続く
by shinn-lily | 2009-05-04 00:46 | 釜山 | Trackback | Comments(8)