カテゴリ:大切な時( 61 )

「日常」という宝石

毎日、テレビの映像を見ながら、この方たちの日常が戻るのはどのくらいの時間がかかるのだろうと心が痛みます。
「震災のお見舞いを申し上げます」と書き、その気持ちにいつわりがあるわけではなく、1日も早い地震の終息を心から祈っているのですが、なにかその言葉にしらじらしさを感じるのです。
たぶん、その地震が他人事ではなく、いつ自分自身が被災するかもしれないとその身になって考えてみると、そんな言葉はなんの意味がないと感じるのではないかと思います。
自分が熊本の皆様にとってかわったら、あのように、前向きに暮らすことができるのでしょうか。

今年になってから、小学校からの友人を一人失くしました。
その後すぐに、同じ同級生の親友が重篤な病にかかりましたが、2か月後に退院になってほっとしていました。そんな矢先、中学からの友人が入院するという知らせが入りました。
6月に一緒に旅行を計画していた友達です。
ずーっと健康にまじめに一生懸命暮らしてきたのに、日常はあっけなく壊れます。
それでも、戦国時代に比べれば、その日常ははるかに強く、なにかあっても挽回が可能なことも多いのです。

熊本の方々の生活対応能力に見入りながら、都会のサラリーマンにこの力があるかどうか不安です。屋根に上ってブルーシートさえかけられないとおもうのです。
なにしろ、ご近所でも雪かきに出てくるのはみな女性ばかりですから。筋力のある男性陣はふだんの仕事に疲れ果て、体力のある学生はそんな時にでも勉強をしているのでしょうか。

もうすぐ5月です。
そーっと、そーっと臆病に周りを見回してみると、このあたりはなにごともないように春の花が咲き誇っています。

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なにごともなかったように、季節はうつりかわります。

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真新しい制服の中で体が泳いでいる中学の新入生の姿を見かけると、その未来をまぶしく感じます。
いえ、中学生だけでなく生きている限り、誰にだって明日はあるのです。
明日にむかって、今日は1歩、明日はまた1歩と歩んで行くことが出来る幸せをかみしめましょう。

熊本地震の被災者の皆様へ、
日常が1日でも早くとりもどせますように願っています。
お体をいたわり、お大事になさってください。
by shinn-lily | 2016-04-25 21:32 | 大切な時 | Trackback

東京大学教養学部でランチ

京王井の頭線駒場東大前で改札を出て階段を下りれば、視界は全て東大である。

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この日高校の友人4人と、人生の中で全くご縁がなかった東京大学教養学部を訪れた。

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校内の木々は威風堂々としている。

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さすが私たちの学園の木々より幹が太いわね。

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無意識に能力の差を幹の太さに転化している?

建物も重量感のあるまま残っている。

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大学は冬休みなのか、渋谷のすぐ近くとは思えない静けさである。

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もちろん私たちの訪問は勉学とは別物
校内にあるレストランで、遅い新年会ランチ

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毎年新年会のテーマは春の1泊旅行
旅の相談はすぐにまとまり、後はとめどもないおしゃべり
声をおさえましょうね。品よくね。
平日のお昼、いつもは必死に仕事している時間に、優雅にお食事をなさっているご婦人の多いこと。
せめてご主人さまたちは500円以上のランチを召し上がっていることを祈りますわ!

予約をしておいてくれたコースは
前菜、スープ、メイン、デザート、コーヒーで1800円
奇をてらわない優しさはお味だけではなくおさいふも。
そして贅沢なこの環境
来年もこの場所で元気で新年会ができますように。
みんな元気に集まれますように。

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空は青く、穏やかなこの日のように、人生の後半にさしかかった私たちの人生も穏やかに過ごせるようにと思わず、天を仰いだ。
by shinn-lily | 2016-02-18 22:08 | 大切な時 | Trackback

迷う気持ち


卒業以来、年賀状のやりとりだけのおつきあいが続いている地方在住の、友人がいる。
大学時代の美術部の先輩である。
空き時間に部室にいくと、よくその先輩がいた。
いつも穏やかで、落ち着いていて、笑みのない顔は思い出せない。

毎年私が年賀状を出すと、そのお返事が「寒中見舞い」としてやってくる。
手書きイラスト入りの葉書は、すぐにはしまわずにしばらくパソコンの横に立てかけておいて眺めるのが通例となっていた。
この返事をいただくのが楽しみで毎年年賀状を送っているようなものだ。

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デザイン関係のお仕事をしていてご自分よりずいぶん年齢の若い方と結婚なさったとか、お母様の介護をしていらっしゃるというくらいしかプライベートは知らない。

今年は封書で返事をいただいた。
イラストと同じように丁寧な文字の宛名書きはかわらない。
年齢に似合わない可愛らしい封筒は猫の絵が・・・異次元に連れていかれるようだ。
しばらく封をきらずに余韻を楽しんだ。

はさみで封を切り、縦におられた二枚の便箋を開く・・・久し振りの動作で・・・
手紙っていいものだと開きながら心が躍る。

「新しき年の始めの初春の今日ふる雪のいや重け吉事
   あらたしき としのはじめの はつはるの きょうふるゆきの いやしけよごと
万葉集の、大伴家持のしめの和歌、新年をことほぐ和歌と聞きました。」
手紙はこう始まった。

近況が一文字一文字丁寧にしたためられていた。
世界の情勢、戦好きの人間の本性、あるいは読んでいる本の感想など。
丁寧に書かれた手紙というのは、受け取る側の気持ちを大きく開き、書かれている以上の想いが伝わってくる。
思わず、お返事のお返事を書きたくなってしまった。
いや、やはり、1年に1回のやりとりのほうが粋だろうか。

すぐにお返事を出そうか、1年先の年賀状まで待とうか、先輩の描いたイラストを見ながら迷っている。

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まことに楽しい迷いである。
by shinn-lily | 2016-01-15 00:18 | 大切な時 | Trackback

人生・ジグゾウパズル


65年間も生きてくると、「これでよかったのか」、「他のやり方があったのではないか」と足が止まることがあります。
でももし、今20歳に戻れるから好きに生きて良いと言われても、結局同じような人生をたどるのではないかと思っています。
時折、昔買ったのを忘れて再び買ってしまう本やCDをみれば、時代の後押しや周りの環境によって多少の彩の違いはあったとしても、深いひだに刻まれた趣向はそれほど変わらないような気がしてならないのです。
だから、若い時に戻りたいとは思いません。
もっと学んでおけばよかったという後悔は当然ありますが。

生きていくことは人生のジグソウパズルを埋めていくようなものだなと感じることがあります。

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人それぞれのジグソウパズルは店で売っている一番細かいものより数百倍も細かいパズルでしょう。
最近、長い年月かかえてきた想いや心配ごとが、「ああ、そういうことだったのか」とストンと胸に落ちて、パズルがまた埋まったと感じる瞬間がたびたびあります。

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良い札だけではなく悪い札も勘違いの札も人に迷惑をかけた札もたくさんありそうです。
それらは偶然だったか、必然だったかもわからないし、時には無理やり押し込んだこともあるはずです。
この気持ちをうまく表現することができないのですが、いままで感じたことがないまさしく「ああ、そういうことだったのか」という言葉が全てです。


『子の曰く、吾れ
十有五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順がう。
七十にして心の欲する所に従って、
矩を踰えず。』


昔の人は良いことを言ったものです。でもなかなかこうはいきません。
もう少し気楽にジグソウパズルの残っている札を探してみようと思っています。
そして時には、パズルにうまくはめられない異端の札を携えてゆくのも、また良しかなとも考えます。

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この作業、実はけっこうをわくわくしているのです。
年をとるのも、そう悪いことではありませんね。


*画像はネットからお借りしました。
by shinn-lily | 2016-01-03 00:57 | 大切な時 | Trackback

ちょっと、顔をあげてみて。


あまり言いたくないのだけれど、どうみてももうこれは普通ではない。
いえ、当人たちにとってはこれが普通なのだろう。
確かに、多くの若者が夢中になってやっているゲームについて、その楽しさ面白さは一緒に語れない。
出来るゲームと言えば、テトリスとスパイダーソリティアだけですもの。
そんな無知ではあるけれど、やっぱり言いたいわ。

電車の中で、ベンチで、暇さえあればスマホを覗いて君たちへ

世の中、面白いことがいっぱいあるから、ちょっと顔をあげてみて
ほら、季節は秋よ。空が高くなったし、雲が夏の入道雲と違って細かくなったでしょう。

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世の中、つらいこともいっぱいあるから、ちょっとだけ考えてみて
堤防の決壊で水害にあった被害者のことを
世の中、憤ることもいっぱいあるけど、どう思う
安保法案が可決されてしまうこと。

水害やら、噴火やら、地震やら、津波やら
自然災害に対して人間は無力であるけれど
でも、ドイツやオーストリーがシリアなどの大量の難民を引き受けるって、凄いと思わない?
到着した難民の人達を歓迎するドイツ人たちを見て
私たちはあんなことが出来るかしらと考えたわ。
移民を引き受けるということは、彼らが持ちこむリスクも引き受けるわけですもの。
人間の力って自然の力と同じように大きいのだわ。

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ね、だから
たまには、スマホの世界から飛び出して感じてみようよ!
by shinn-lily | 2015-09-18 21:36 | 大切な時 | Trackback

麻布十番 心の散歩

私の住む郊外は駅前のパーキングでも12時間1,400円
それがまあなんと1台限定で5時間で2,200円

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それでも、相場に比べたらお安いのでしょうね、ここは麻布十番ですもの。
今風のお店や老舗が並ぶ中でもこんな建物は、子供の頃の郷愁をおもいおこさせます。

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仙台坂を上ると、
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左側が韓国大使館

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その前にある韓国食材店でナムルとキムチをお買いもの

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さきほどまで、こんなに美味しいイタリアンをいただいていたのに
食に対する欲は際限ありません。

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この日、ご案内くださったのはあちらこちらにおしみなくいろいろご案内くださるwhiteさん
ご一緒してくださったのは、いつもその優しさに心打たれるコスモスさんと
お会いするたびに若さと重厚さを増すuransuzuさん。
いつも皆様ありがとう。
次回はyumiyaneさんもご一緒に。
by shinn-lily | 2015-08-30 16:13 | 大切な時 | Trackback

子供たちの叫びが聞こえる

  
 岩手県の中学2年生が電車に飛び込み自殺をしたのが、7月5日である。連絡ノートが公開され、
「もう市(死)ぬ場所はきまってるんですけどね」という言葉が人々に衝撃を与えた。
そのノートには「いじめ」から救って欲しいとSOSが叫ばれていた。
その訴えに方向違いの回答をしていた担任教師に批難が集中した。

 何か事件が起きた時、報道が騒ぎ、有識者と言われる人がたくさんのコメントをする。
私たちにとって、報道がほとんどされなくなったこの事件はあたかも終了したように見える。
しかし亡くなった少年の無念さ、家族の悲しみ、関係者の苦しみはまだまだ真っただ中であろう。
そしてなによりも心が痛むのは、少年を苦しめたのと同様ないじめが各地でたくさんあるということだ。

 知り合いのお嬢さんの中学生がいじめにあって、家から外に出られなくなってしまった。
母親は、弁護士を頼み教育委員会を動かし娘を他の地区の公立中学校に転校させた。
可愛らしい瞳がおどおどしている様子を見ていたので心が痛んでいたが、ひとまずほっとした。
この母親は日本人ではない。慣れない交渉をよく頑張ってやりとげた。
二学期、どうか元気に学校に通えますように!

 しかし一方では、義務教育といえども学校が全てではないとも思っている。
娘が小学生から高校の頃、もし学校に行きたくないといったら、時間が許す限り徹底的に子供につきあおうと覚悟していた。博物館、美術館、旅行、おけいこ事など、生活が楽だったわけではないが、ここは借金をしてでもやらなければならないと考えていた。現実には小学校は熱を出してよく休んだが、中高は皆勤で親まで表彰され、心配は危惧に終わった。当時もいろいろな理由で学校に来られない子供は多かった。でも道は一つではないと考えていた。

 お盆も過ぎて、8月が半ば過ぎになると新学期も間近だ。
二学期が始まるのを恐れている子供たちがたくさんいることを忘れないで欲しい。
いじめられていた子供たちにとってはとても辛い時期だと聞いている。
そんな子供たちに対して、なんの力になってあげることが出来ないのに、なんだか気持ちがざわざわして落ち着かないのだ。
思春期真ん中で悩み苦しみ、そして未来に足を踏み出そうともがいている中学生たちが愛おしくてしかたがない。

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ねえ、君たち!これから、つらいことと同じだけ楽しいこともいっぱいあるからね。
by shinn-lily | 2015-08-18 22:30 | 大切な時 | Trackback

舞踏晩餐会

ロイヤルパークホテルで行われたある大きなダンススクールの記念舞踏晩餐会にご招待いただきました。
昔ご近所で仲良くしていただいていた友人Aちゃんが社交ダンスを長年続けていることは知っていました。
現在では住む場所も遠くなかなか会うことも出来ないそのAちゃんからのお誘いです。

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2時開場、5時半からのお食事まではアマチュアのデモンストレーションが行われます。
Aちゃんはここに出場します。

最高齢82才の出場者が素敵な踊りを見せてくださいました。その他の方もどちらかというと70才前後の方が多く、子供の手が離れて、人生にひとくくり着いた頃から始めたのでしょう。映画「Shall We Dance」の影響で始められた方が多く、この年齢層がかたまったと聞きました。
観客席のそばで踊ってくださるときには拍手をし
歌舞伎の掛け声のように「○○さん」「△△さん」と声がかかります。
みなさん先生のリードで緊張はなさっているものの軽快にそして、心からダンスを楽しまれているように感じました。
Aちゃんは何組か一緒のデモンストレーションでワルツとルンバを踊った後、

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いよいよ本番です。
シアンブルーのチュールのミモレ丈ワンピースにガラスビーズを散りばめ、美しい姿を一層際立て見えます。
ルンバが始まりました。
会場の雰囲気ががらっと変わって、静まりかえりました。
拍手も掛け声もかかりません。
呆然と息をも飲んでしまったかのようです。
あまりに素敵なダンスなので、皆見惚れてしまったのです。
踊る中になにか別の炎が見えるようです。
私ったら、うるうるしてしまいました。
凄い!と思った同時にものすごく嬉しかったのです。
会場を魅了している小さい時から知っているAちゃんの姿が友人として誇らしかったのです。

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ディナーを頂いたあとはAちゃんも席について、一緒にプロのダンスを堪能、
なにしろ初めての経験、未知の世界だったのですが、6時間はあっという間に過ぎてしまいました。

実は、合間合間にダンスタイムがあって、さすがダンス関係者、観客のみなさんもどんどんステージに集まって踊られます。
私もステージに近い席だったので若い男性が誘ってくださったのに、ああ残念、踊れないのです。経験がないのですもの。後のダンスタイムにはなるべく視線があわないようにしていました。悲しい~!
韓国全州のドライブで歌は歌えなかったし、ここではダンスのひとつも踊れない、つくづく無芸だと自覚しました。
人生の楽しさをひとつ置き去りにしてきてしまったようです。
Aちゃんかr帰りに美味しい葡萄のお菓子とスカーフをお土産にいただきました。素敵~♪
心浮き立つ真夏の一日でした。
Aちゃん、これからもダンスを楽しんで、また華麗な姿を見せてくださいね。
by shinn-lily | 2015-08-03 21:56 | 大切な時 | Trackback

友人のお母様をお尋ねする


小学校の頃から仲の良い友達のお宅は小児科の医院でした。
日曜日に遊びに行って診察室を裏からそっと覗かせていただくのはは冒険のようにわくわくしました。
レントゲン室や粉薬を包む秤など子供にとっては珍しいものばかりだったのです。
そんな時、お母さまはとてもまめで、いつも優しくいろいろとめんどうをみてくださいました。
大学生になってからも泊めていただいたりしました。

久し振りに、お母様にお会いしたくて伺ったのは、都内駅前の高級ケア付きマンション。
エントランスで友人が迎えに来てくれて、エレベータを降りると、40数年ぶりのお会いするお母様が待っていてくださいました。

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大病をなさったけれど、すっかり若々しく昔のように美しくお元気になられていました。
何から話していいのかわからなかったのに、何を話したのか覚えていないほどたくさんお話しました。
母とも懇意にしていただいていたので、一緒に伺いたかったのですが、不慣れなところには出不精になっているので今回は断念しました。とても会いたがってくださっていたのに。

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ホテルのレストランのようなひろびろした食堂で

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皆様が召し上がるランチをご一緒にご馳走になりました。

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まわりにいらっしゃる方も日本の「品(ひん)」がここに集まっていると思われるばかりの
しっとりと落ち着いた方ばかりです。

お部屋は家族の写真が飾られ、食堂テーブルにソファーにベッドとロッキングチェーが心地良くしつらえてあります。

お母様はご旅行やいろいろイヴェントや三人の娘さんがかわるがわるにいらっしゃるるので、お尋ねする日の調整が難しいほどお忙しく、生き生きと暮らされています。
帰りは母へとお土産まで頂戴し、駐車場まで送ってくださいました。
こんなゆっくりと楽しくお話しが出来て、ご褒美をいただいた気分で帰路につきました。

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友人のお母様も私の母も元気でいてくれることが、私たちのなによりの幸せです。
by shinn-lily | 2015-06-20 23:16 | 大切な時 | Trackback

不安と隣り合わせの文明の利器

高校の友人4人へ一斉メールをすると返信の順番はたいて決まっています。
返信の速さはそれぞれの携帯電話との距離感によるように思えます。一番早く返信が来るのは仕事や家庭の事情で常にかたわらに携帯を置いているy子です。

さて、高校の仲間で集まったこの日は車を地元駅の近くに置いてあったので、y子を家まで送りました。
学生時代の友人の中で同じ町に住んでいるのはy子だけです。
11時頃帰宅、車を降りようとしたら助手席に見慣れない携帯が置き去りになっていました。y子のものに違いありません。
y子は携帯がなければ始まらない生活をしていることを知っていますから、なんとか連絡しなければなりません。
しかし、連絡手段の彼女の携帯はここにあるのです。
固定電話の番号は私の携帯には登録してありません。
すると携帯から着信音がしました。
見れば息子さんからの電話です。息子さんはなんの用事でしょう?
出てみようと思ったら切れてしまいました。・・・早く知らせなければ・・・もし気が付いていたらすごく心配しているだろうし・・・すぐにでも困るのは目に見えている・・・息子さんに電話をして、母親の携帯は私の手元にあることを知らせようかと電話を見ても、最近では操作を忘れたガラ系ゆえ、手間取りそう・・・
えい、急げば7分、いや夜だから5分、
本人が失くしたことに気が付かないうちに届けてあげられるかもしれない。
頭より体が先動く?


いつも、家から少し離れたところで降りるので、y子の家の記憶も定かではありません。こんな夜遅くに違う家のブザーを鳴らしてはまずいことは明らかです。たぶんここ、たぶんこれはy子の車と思うのですが、夜だから色がはっきりしません。おまけに表札がどこにあるかもわからず、しかたがないので玄関を覗きます。玄関の一部が素遠しガラスになっていたのが幸いでした。
あっ、さっきまで履いていたy子の靴がある。
間違いない、
ピンポーン
どたどたどた
階段からすごい勢いでy子が降りてきました。
もう、わたしが来た理由はわかっていたのです。
「経堂のカフェに連絡しようと思ったけどもう閉まっているし、今shinn-lilyちゃんの電話を調べよう、パソコンを開けて同窓会名簿を探していたところ。ああ、よかった~、ありがとう、ありがとう」
「息子さんから電話があったみたいよ」
「うん、かけてみてもらったの」
すでに、二人で大騒ぎになっていたのです。


たぶん気が付いてから15分くらいの時間だっただろうけれど、どんなにドキドキしたことでしょう。
私だって、携帯だけでなくカードの入った財布を今失くしたらと思うと、ぞっとします。
文明の利器は不安隣り合わせなのです。

とにもかくにも、落とした場所が私の車の中でよかった!

私たちが毎年1度集まる場所
by shinn-lily | 2015-04-24 23:28 | 大切な時 | Trackback