女性が働き続けること③

もうすぐ驚くことに67歳になる。(本当におどろいてしまう!)


現在は週4日午前中勤務

私の年代、とくに比較的お嬢様学校と言われた学校の環境では、大学を卒業したら、お料理教室でも通って、そのうち結婚、そして専業主婦になるのがあたりまえと思っていた。

甘かった!

なかなかそうはいかない。たまたま離婚してしまったから、働かざる得なかった。

本当は家で手芸やお料理をしているのが、性分にあっていたのだけど。

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それでも結婚前に、10か月ほどボランティア団体の事務局で働いた。

女性4人の職場でチーフというのが個性豊かな方で余命宣告されている方と結婚し、子供を産み、看取った後は娘をひとりで育てていたという愛情豊かな方だった。

よくしていただいたが、仕事に厳しく、感情的にややムラがあり、よく涙し、あのようになりたくないと思っていた。

今から思うと、恥ずかしいことだ。

何故なら、その後そのチーフから教わったことが、どれだけふたたび仕事をするようになってから役立ったことか数えきれないほどなのだ。

WMCAの秘書課を卒業なさっていたので、事務を含めた女性の仕事基本を教えてもらった。

ときおり思いだし、天国に向かってお礼を言っている。若いということはもの知らずであり傲慢でもある。

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人生はたまたまということが多く、たまたま自営だったので、離婚後父の会社に勤務することになった。

しかし実情はなにも取り柄のない女性に職場なかなかないのが現状だった。

子どもが小さかったため、時間的には融通をきかせてもらったが、その他の特別待遇はいっさいない。

一見親の会社ならよいかと思われがちだが、そこは多くの眼、または好奇の眼が注がれるので、身をきちんと律していかなければならない。

入社前に簿記の学校に数か月通い、秘書検定2級を受けて最低常識だけをなんとかつけやきばで勉強した。

父は女性が仕事をすることを嫌い、結婚当初まだ貧しかった頃、母が内職の仕事を近所の人から紹介され家に持ち込んだところ、ひどくしかってやめさせたという。

その後、母が自分の会社に出ることもさせなかったくらいだから、私が会社に入ることはかなりの妥協だったことだろう。

それに比べて長男が入社するときは嬉しかったようだ。

父は私が「洋服を買った」というと喜び、試験前に夜遅くまでおきていると、「勉強はいいから早く寝る様に」と言しまつ.

技術や世の中に対しては先を見ていた父だったが、こと女性問題は前近代的だった。

当時のほとんどの男性の意識もそんなものだったに違いない。

私と妹は後に父の教育方針が悪かったと冗談で悪態をついた。

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子どもというものはまことに勝手なものだ。

結局現在、妹も私も仕事をし続けている。




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by shinn-lily | 2017-06-08 08:02 | 大切な場所 | Trackback

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