小説『孤将』金薫(キム・フン)著 蓮池薫訳を読み、そして韓国へ

ソウルの街、世宗路に日本に向かってまるで威嚇でもしているような大きな銅像がある。
李舜臣(イスンシン)の銅像である。朴正煕軍事政権下に力の象徴として建てられたと言う。
李舜臣は豊臣秀吉が朝鮮に攻め入った慶長の役で朝鮮水軍を率いて活躍した武将である。
つまり李舜臣の敵は日本である。

韓国でベストセラーとなった日本翻訳名『孤将』原題『칼의 노래(剣の歌)』を拉致被害者の蓮池薫氏が翻訳した。
良い翻訳である。翻訳することにとまどったという。日本人が読むだろうかと。
その通り、私自身読むことに躊躇した。
しかし、韓国の翻訳本の数が限られている現状では、例え小説であろうと、韓国の人々が日本人をいみ嫌うことになったひとつの出来事を知っておく必要はあるだろうと、重い気持ちで手にとった。

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書き出しが印象深かった。

見捨てられた島々にも花が咲く。花咲く森に夕日が射し、浮雲のようにふくれあがって見える島々は、まるで海底に縛りつけられていた鎖から解き放たれたように、暗闇が忍び寄る水平線のかなたへと消え去っていく。

このつらい本を読み進められたのは、おりおりに挿入される風景描写の美しさであった。
ほんの少しだけ知る、韓国の海沿いの情景から、想像を膨らませながら読みこんでいった。

この小説は主人公李舜臣が一人称で登場する。
そのため戦い続ける一人の人間の悲しさ、つらさがリアルに描かれている。
敵味方という意識は読み進めてゆくうちに読者からは消えてゆく。
そこに住む人々の家を破壊し、家庭を怖し、食べ物を略奪し、人間が人間として生きることの極限が繰り広げられる。
一方は殺した人の首を数え、一方は殺した人の鼻を数え、その数が軍人として生きていく支えとなる。
人をこの世から消すことによって、自分が生きていくという理不尽な生き方を今にいたるまで、人は営々と続けているのだ。
イスラム国がシリアの半分以上を占拠し、住民は家を失い、家族を失い、仕事もなく食べるものもなく難民となってゆく。
なんにも悪いことをしていないのに、不運だったと思うしかないのだろうか。
400年前も今もなんにも変っていない。
「文禄・慶長の役、秀吉、朝鮮に出兵」その一言で歴史は記録されるかもしれない。しかしそのかげに悲惨な嘆きがあり犠牲があるのだ。
もう、やめよう、戦は、、、、




国と国の関係は今もぎくしゃくしていても、人と人の心は結びつくものだ。
会いたい人々がいるから、ふたたび仕事の合間をぬって韓国全州を訪れことにした。
ほんの少しだけ、行ってきます~!
by shinn-lily | 2015-05-25 21:06 | | Trackback
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